福井県大野市の横町通りにある横町スタジオは、関西大学と大野市が連携して運営する地域活動の拠点です。横町地区では、地域の生ごみを回収し、ミミズの力を借りて処理する「ソーシャルコンポスト」という取り組みが行われています。


建築を学ぶ学生のフィールドワークから生まれたこの活動は、地域のごみの削減に寄与するだけでなく、「1コミュニティに1台のコンポスト」を合言葉に展開され、コミュニティ維持のための重要な役割を果たしています。


「なぜミミズがいるの?」「ソーシャルコンポストの名前の由来は?」「ごみの回収方法は?」と問いを重ねていくうちに、コミュニティで生ごみ回収を続けるためのいくつもの仕掛けが見えてきました。



「1コミュニティに1台」を目指すソーシャルコンポスト

古い町並みが残る横町地区の商店街に馴染んで佇む横町スタジオ。


布団屋をリノベーションして作られたというスタジオのガラス張りの扉をノックすると、関西大学の大学院に通う伊東さんと後輩の坂東さんが出迎えてくれました。


スタジオの正面。手書きの看板が目を惹きます


横町スタジオは、有志の学生と地元住民で結成された横町編集部が運営する、地域の活動拠点です。まちづくりの拠点であると同時に学生の研究拠点でもあり、編集部メンバーは月に1回程度大阪から大野市を訪れて、イベントやワークショップなどを通じて近くに住む人々と交流を深めています。


編集部では、学生や住民が地域でやってみたい内容を企画書にまとめ、企画書の内容が地域のニーズや社会問題の解決に合致していると編集部のリーダーに判断されれば、プロジェクトが開始されるという仕組みを取っています。メンバーは自身の興味関心をどのように形にすれば、地域のニーズや課題に応えられるかを試行錯誤しながら活動に参加します。


横町編集部で実践されている活動の一つが、家庭から出る生ごみを回収して処理する「ソーシャルコンポスト」です。コンポストとは、有機物の力を借りてごみを分解して堆肥化する箱型の装置の総称で、生ごみを減らすことができる環境に配慮した取り組みとして、名を広げています。 横町スタジオのコンポストでは、ミミズがごみの処理に一役買っています。


「いろいろなコンポストを試した中で、続けやすいのがミミズに生ごみを食べてもらう方法だった。分解が早いので、生ごみ特有の匂いが抑えられるし、単なるゴミ捨てではなく地域でミミズを飼っているという感覚が生まれていると感じる」


そう教えてくれたのは、編集部メンバーの川口さんです。川口さんが横町編集部に参加したのは2年前。大学の座学にはない体験ができる場として、社会と直接かかわれる活動に魅力を感じて参加したことが始まりです。


「ソーシャル」と名前がついたコンポストを、地域で運営する理由を川口さんは次のように話します。


「一家に一台、ではなく、1コミュニティに一台のコンポスト設置を目標にしているんです。個人で行うよりも地域で広げたほうが長続きするし、地域に一体感が生まれますよね。スタジオは住民や学生と一緒に改修を進め、建築物としてハード面から始めるコミュニティを作りを、コンポストはソフト面から始めるコミュニティ作りを担ってくれると感じます」(川口さん)


コンポストの様子。家庭から出る生ごみの量を計算して今の大きさに決められたそうです


住民には「ミミズのごはん」と書かれた収集可能な生ごみのリストが配られ、リスト内のごみであれば、魚や肉などの動物性のごみも回収できます。


コンポストの周辺はもちろん、コンポストのふたを開けても匂いはなく、野菜くずのなかでミミズが食事をしている様子が見られます。


「ミミズのごはん」のチラシ。たべるもの・たべられないものが細かく記載されています


2023年で3年目を迎えるコンポストの中のミミズは現在10万匹。良質な堆肥になるミミズのフンを活用して、自治体で野菜を育てたり、通りに花を植えたりすることを企画しているそうです。



無人化した通りを荒らすカラスから着想を得たコンポスト設置


コンポストの中の様子。10万匹のミミズが食事をしているそうです。生ごみの匂いはしませんでした


横町編集部がソーシャルコンポストを始めたのは2020年5月。コロナウイルスが流行り出し、ステイホームを合言葉に、県外への移動が禁止され始めたころでした。未曾有の事態と得体の知れないウイルスへの恐怖で、横町通りから人の姿が消えます。


「人が集まることがどこかしこで禁じられるようになり、コロナ禍以前に考えていたスタジオの活用案の実現が一気に難しくなってしまったんです。建築を使ったハード面のコミュニティ作りが成り立たなくなり、なにか別のアイデアが必要だとみんなで話していました」(川口さん)


スタジオ内のフリースペース。ソファーや本が置かれています


緊急事態宣言が出されたころ、人がいなくなった通りにカラスが増え、家庭から収集されたごみ袋をつつくようになったといいます。散らかった道路を掃除したのは、ウイルスから身を守るために防護服に身を包んだ住民たちです。防護服でごみを拾う住民の姿に違和感を覚えた川口さんは、通りをじっと眺めながら解決案を模索します。


そこで考えたのが、通常の燃えるごみとカラスが集まる原因となる生ごみを分けて回収することでした。横町スタジオで生ごみを回収し、自分たちで処理する方法はないかと調べたときに行きついたのがコンポストでした。


「ミミズが生ごみを食べている様子を見て、これならいけるかもしれないと期待が持てた。毎朝のラジオ体操と関連付けて習慣化できるような仕組みを作ったり、地域の生ごみの量を計算して大きさを調整したりして今の形に落ち着いた」(川口さん)


横町通りでは、3年前から毎朝6時半にラジオ体操を実施していました。ラジオ体操に参加した人は、その足でスタジオ前に生ごみを出すようになり、そのスタイルが自然と習慣化していったそうです。


また、住民のごみ分別の意識が高まったことで、地区全体のごみの量の削減にも寄与できているのではないかと、川口さんは感じてます。



フィールドワークから生まれる穏やかな関係性


スタジオ内に集まる近くの住民。月に一度「持ち寄る日」というイベントを開催しています(出典:Instagram)


特急とローカル線を乗り継ぎ、3時間以上かけて大野市に足を運ぶ編集部のメンバー。大学の学業と両立しながらはるばる現地に足を運ぶ姿勢には、フィールドワークを大事にする、という共通の想いがあるようです。


「建築の分野では先に図面を用意するのが一般的ですが、地域活動では、こちらが良いと思って描いた提案が住民に受け入れられないこともしばしば。現場で得られた気づきを図面に落とし込んでいくのが難しさでもありおもしろさでもある。スタジオ内に座って、周囲を観察したり話しかけてくれるのを待つ時間から得られるものも大きい」(川口さん)


大野市の模型作りのワークショップを企画した山口さんも、講義で学んだノウハウを現場に落とし込む作業は一筋縄ではいかないと内省します。模型作りに参加するのは地元の小学生、山口さんは模型のデザインを学校職員に提案します。


模型作りの授業の様子。川口さんが教壇に立ちます(出典:Instagram)


「建築を学んだ学生として意見を求められる場で、抽象的な模型のデザインを提案したら、もっと子どもたちが楽しめるわかりやすい形のほうが良いと先生からアドバイスをもらったんですね。模型製作を通して、建築に関する専門的な知見を子どもたちと共有できればと思っていたけれど、求められている内容ではないかもしれないと気づきました。ワークショップの盛り上がりや子どもたちの感情をキャッチしながら、理想の企画と地域のニーズの落としどころを見つけていきたいと、今はそう考えています」(山口さん)


大阪から大野に通う学生たちを、横町地区の住民は和やかに迎え入れてくれます。食事を差し入れてもらったり、「今日はなにするん?」と温かく声をかけてもらったりする機会も多いそうです。


持ち寄る日のスタジオ内の様子。本を読んだり、話したり、くつろいだ雰囲気が伺えます(出典:Instagram)


「支援」や「町おこし」といった文言を使わず、フィールドワークを介して地域と交流することで、肩ひじを張らず、テーブルを囲むような穏やかな関係性が築けているように感じます。


2年間の活動を振り返り、お世話になった地域の人たちになにかを還元したいと強く思うようになったと話すのは、現地で取材に答えてくれた伊東さんです。


「自分も地方の出身で、地方再生に興味があって編集部に参加した。2年間の活動中、思い通りに進まずに悩むこともあったが、たくさんの人に出会った大野市は自分にとってあたたかい場所。来年地元で就職するが、年に一度の盆踊りには横町に帰ってきたい」と笑顔を見せます。


年に1度行われる盆踊りの様子。スタジオ前の通りが賑わいます(出典:Instagram)


現在4年生の川口さんは大野市に移住し、地域おこし協力隊になる道を進みます。ステージを変えて、関係人口創出に一層力を入れたいという決意を語ってくれました。


「大学を卒業してスタジオを離れたメンバーが大野市と関わり続けられるロードマップを作りたいです。大野市で仕事をするのは難しいかもしれないけど、別の場所で就職しても1年に1度は集まったり、季節ごとに訪問したりするような場所や機会は作れると思うので。きっかけや仕組みがあれば、大野や横町に関わり続ける人も増えていくのでは、と考えています」(川口さん)


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 大野市に「地域でコンポストを運営している団体がある」と聞いたとき、環境保全に力を入れているのかな、と思い取材を申し込みました。しかし、その予想はいい意味で裏切られることになります。横町編集部のソーシャルコンポストは、コロナ禍で人通りが少なくなった通りを荒らすカラスや、掃除する人たちをじっと観察する行為から生まれた活動だったからです。


「ごみを減らすことが大切だ」という言葉を聞いて、実際にごみを減らす行動を取る人もある程度はいるでしょう。ただ、それよりも、「(自分が今まさに困っている問題の解決してくれるなら)ごみを減らしてみようか」と自分事に感じて動く人の方が多いのではないでしょうか。コンポストの成功は人が自分事として動く「今まさに」のポイントを確実に捉えられたことにあると感じます(さらに、習慣化しやすい仕組みを差し出すことで、継続という難題もクリアしています)。


フィールドワークの姿勢について「まずはなにもせずに待つようにしている」という川口さんの言葉は、社会課題解決の糸口を探るエッセンスを表しているようで今も心に残っています。




■ 横町編集部


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