「いただきます」の言葉には生き物の命をいただく感謝の気持ちが込められていますが、テーブルに並ぶ食べ物の命の総数を考えてみたことはありますか?
材料の作物や動物、その生き物の親や子、動物のエサとなる植物、その植物の肥料、などと考え出すと、多くの命をいただいていることに気が付きます。
株式会社トキクリエイトは福井と北海道で畜産物や農産物を加工販売を行う会社。命を宿した生き物が食材になるまでの過程を大切にし、地域に根差した事業を展開しています。
今回は「ジャージー牛のウインナー」にスポットを当て、同社の代表谷川さんに食品加工に携わる思いをお話していただきました。
大切に育てられたラブリー牧場のジャージー牛たち
生後一カ月の小牛。写真を撮ろうと伸ばした手をなめようと近づいて来る様子がとても人懐っこい
6月のラブリー牧場は、伸びやかに新芽を成長させる草の緑が目に涼しく、いかにも牧歌的な風景が広がっています。
この牧場では、1985年からジャージー牛を放牧する酪農が営まれてきました。ジャージー牛は茶色の毛をした牛で、乳牛として一般的な白黒模様のホルスタインよりも、ひと回り小柄な品種です。搾乳できる量は少ないですが、乳脂肪分が豊富でなめらかな口当たりのミルクは各地で人気を集めています。
雪が多い勝山市では、雪のない4月から11月の間、牛を毎日放牧させます。搾乳を終えた牛たちは、毎朝自ら歩いてエサ場の草原に向かうそうです。
牧場内を案内してくれたのは株式会社トキクリエイト代表の谷川さん。初夏を迎えた牧場で、牛たちが通った道と同じ道をたどりながら話を伺います。
「ラブリー牧場はジャージー牛を放牧している数少ない牧場。緑豊かに生い茂った牧草を食べた牛のミルクは、カロテンなどの栄養価が高く、ゴールデンミルクとして重宝されている。ここの牛たちは自由に草を食べたり、日陰で休んだりしているが、国内の9割以上の生産地ではそうではない。一度も牛舎の外に出ることなく生涯を終える牛も多い」
牛の体調をスタッフに尋ねる谷川さん。男性スタッフは他県からの移住者だそう
牛を自由に放牧させるためには、主食である草の管理が必要不可欠です。ラブリー牧場では9つの区画を設けて、広大な敷地の牧草を管理しています。
「区画内の草を食べ尽くしたら隣の区画へ、というのを続けて1カ月くらいのサイクルで敷地全体を移動している。牧草は牧場の資産。牛の糞を堆肥替わりする自然の循環も活かしながら、農薬を使わずに人の手で管理している」
そう話す谷川さんのもとへ、木陰に座っていた牛たちが駆け寄ってきます。
目の前で草を食べるジャージー牛。草を食む音が聞こえてくる
効率の良さを重視して牛乳を生産するのであれば、放牧スタイルの酪農は適していません。日本の9割以上の乳牛が、牛舎で生涯を過ごすのはそのためです。
大規模な生産地では、エサやりや搾乳をAIで管理し、牛たちは短期間で身体を大きくするために作られた輸入飼料を食べます。生産現場は、近年の電気代や輸入飼料の高騰の打撃をまともに受けているといいます。
「スーパーで手頃な価格で牛乳が手に入るのは、企業が大規模生産を進めているおかげ。しかし、効率を重視して管理されている動物への弊害は大きく、過度なストレスや劣悪な飼育環境が原因で病気になる牛も多いと聞く。ラブリー牧場の牛たちは人間を見ると近くに寄って来るでしょう。これは大事に育てられている証拠だと思う」
生まれた命を無駄にしない「ジャージー牛のソーセージ」
ジャージー牛を使ったソーセージ。歯ごたえが良く、牛肉の風味と香ばしさが感じられる
牛乳は母牛の母乳、出産後でないと母乳が出ないのは牛も人間も同じです。ジャージー牛のメスは交配・妊娠・出産を繰り返すため、牧場では年に数頭の小牛が生まれます。
生まれた牛のうち、メスは乳牛として重宝されますが、オスは肉牛として育てるには生産効率が悪く、ほとんどが生まれてから数カ月で殺処分されるそうです。
谷川さんが代表を務めるトキクリエイトでは、ラブリー牧場からジャージー牛のオスを買い取り、食肉として出荷する事業を展開しています。
「生まれた子牛はメスもオスも同じ命のはずなのに、人間の都合でオスだけ殺されてしまうのはあまりにも不公平だと思い事業を始めた。ジャージー牛のオスは肉付きが悪く、食肉としておいしく食べるのは難しいのが事実だが、試行錯誤を重ねて商品として出荷できるまでになった。ソーセージやハンバーグなどの加工品も生産している」
谷川さんの牛肉は、食材のバックグランドを大切にする福井県内のレストランやホテルなどに出荷されています。食肉となったジャージー牛は、あるレストランでは薪のオーブンを使って低温でじっくり火を通され、またある施設ではシュウパウロウというモンゴルの調理法で時間をかけて柔らかく煮込まれて提供されるそうです。
命を大事にいただきたいという思いを持つ人から人へ、ラブリー牧場の牛たちが丁寧につながれていきます。
ラブリー牧場の近くにある牧場直営のショップ。ソフトクリームやソーセージが購入できる
現在は電気代や飼料代の高騰が影響し、ジャージー牛よりも肉量が多いとされるホルスタインのオスの小牛も、1頭5,000円近くまで値段が下がっていても買い手が見つからないといいます。ホルスタインのメスに、肉用品種の受精卵を移植し、肉牛を「代理出産」させる繁殖農家も増えているそうです。
「牛の主食は草。草は日本中どこにでも生えているのに、エサが高い、食べさせられないと嘆いている現状には違和感がある。肉も野菜も土から生まれるものなのに、生産の現場や人の生活が土から離れすぎてしまって多くの人たちはしっかり土を見ていない。本来あるべき健全な大地には命に満ちた作物が育つ」と谷川さんは言います。
命をいただく=食べる行為と、効率を求めて生産を続ける社会のギャップを、仕組み化された経済が深めていると感じます。
スマホの画面ではなく、自分の足元を見つめることから
牛たちを見つめる谷川さん。手を振りながら呼ぶとゆっくり牛が近づいてくる
谷川さんは自身の経験や経歴を活かし、普段なにげなく口にする食べ物や身の回りの自然に関心を高めてもらいたいと啓発活動に力を入れています。
「食育として、食べ物がどのように生産されてわたしたちのところに届くかを語ることは大切。でも、生産に至る前にも見えないストーリーや大切な命の犠牲があることをしっかり伝えることも食肉に携わる自分の使命だと思っている。食卓の上に並べられた食事はどれも全て生き物の命だと知り、さらにその後ろにも多くの見えない命があることに気が付けば、食べ物の扱い方や選択肢も変わるかもしれない」
猟友会の一員でもある谷川さんは、ジビエの専門家として、シカの肉でドックフードを作る事業のアドバイザーを務めています。害獣として捕獲されたシカを利用したオーガニックのドックフードは、消費者からの関心も高いそうです。
ドックフード店のオープニングイベントには多くの愛犬家が集まりました。イベントでは、浜辺に落ちている流木を拾って焚き木にしたバーベキューを実施。
バーベキューを企画した谷川さんは「食事を楽しんでもらうのはもちろんだが、浜辺にゴミが多いとか、木は落ちていても焚き木として使えるけど、プラスチックのゴミは燃やすと異臭がして利用できないとか、そういうことに気づいてもらう場になればと思った」と振り返ります。
「イベントでゴミを拾って、海がゴミだらけだということを知った人は、今後ゴミを捨てなくなると思う。プラスチックを燃やした臭いを嗅いだ人は、プラスチックの使用を控えようと思うかもしれないし、ゴミを減らすために生活を見直す人も出てくるかもしれない。犬が好き、アウトドアが好きなど、どんな理由でもいいから、人を集めて、自分の足元を見るきっかけを提供すれば、課題に気づいて行動に移す人は増えると思う」と言う谷川さんは、体験型のイベントに手応えを感じています。
「持続可能な社会にしよう、自然環境を次世代に残そうということは少なからず誰もが感じているけど、毎日の生活に追われて実際の選択をなかなか変えられないのが今を生きる人々の現状。行動を変えるならば、スマートフォンの画面上で知るのではなく、自分で見たり食べたりする経験をしなくては」
次世代のためにできることをする、と話す谷川さんの背中から真っすぐな熱意を感じました。
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牛乳が牛のミルクであり、妊娠や出産という人間と同じ命のサイクルが牛にもあることは常識として理解できているつもりです。それなのに、取材で事実を知った今もなお、パックに入った牛乳やチーズやバターは、命や体温を感じない「商品」にしか見えないことに衝撃を受けています。
30年以上、消費者として重ねてきた日常の経験は根強いということでしょうか。選択や行動を変えるのは難しい、という谷川さんの言葉が身に沁みます。
今できることは「体験できる場所に出ていくこと」だと思っています。知ったことを実際に体験できる場所に行って、そこで見たり食べたり感じたりしたことを、日常生活に落とし込むことが行動の変化につながると感じます。
次の世代に背中を見せられる大人になる、この記事がわたしの決意表明です。