「特にサスティナブルを目指しているわけではありません。たまたまそういう時代の流れに合ってきただけです」


そう語るのは、福井県敦賀市で木工制作「garage craft JUNK PUNK」を営んでいる藤長隆司さん。藤長さんは38年間勤めた大手電力会社を56歳で早期退職し、ジャンク品や廃材などを利用して手作りの木工製品を制作しています。


現在は木工制作の傍ら、珈琲店「平凡珈琲」も経営。どちらも趣味の延長というから驚きです。


「趣味を仕事にできたらいいな」そう考える人は多いかもしれません。しかし、実際にその想いを形にできた人は少ないでしょう。


藤長さんはそんな想いを実現した数少ない人でした。本人は自然の成り行きで今があるといいますが、詳しく話を伺ってみると、そこには強い意思や熱い想いを感じます。 藤長さんはどのような経緯でセカンドキャリアを歩まれるようになったのでしょうか。



趣味の木工クラフト「えっ、売れるんだ?」から始まった


クラフトマーケットで出品した作品など(手前は制作中の看板)


まずは、藤長さんが会社を早期退職し、木工制作を本格的に取り組むことになった経緯や当時の環境の変化などについて伺いました。藤長さんは高校を卒業し、地元にある電力会社に就職します。当時は社宅に住んでいました。


当時からインテリアや雑貨に興味があり、関連雑誌をよく読んでいて、特に興味を抱いたのがDIYコーナーでした。自分でもできそうだと感じて挑戦してみたところ、思っていた以上に良い出来栄えのものが作れたそうです。


藤長さんは元々手先が器用な方であり、木工制作が自分に合っていると感じたといいます。自信のついた藤長さんは、身の回りの雑貨などを自作するようになりました。


転機を迎えたのは2004年に自宅を建築し、社宅から引っ越した後のこと。 



交代勤務をしながら趣味で木工制作


奥様から依頼されたプランターカバー(左)


自宅の建築時に藤長さんは木工制作のための作業場を作り、本格的にものづくりに力を入れるようになります。作業場ができたことは大きな変化をもたらし、工具なども増やしたことで、同じものを作るにしても色々な作り方があることに気がついていきます。


木工制作が今まで以上に楽しくなり、藤長さんは自宅で使用する本棚や椅子、ちょっとしたテーブルなど、自身が欲しいと思ったものや生活で必要なものを意欲的に制作しました。


「DIYで色々なものを作っていたら、『もう作るものが無い』となってしまったんです」


生活に必要なものを作り尽くしたという藤長さんが次の手段として考えたのは、クラフトマーケットでした。


ちょうど世間ではクラフトマーケットが盛り上がってきた時期だったと振り返ります。藤長さんがクラフトマーケットに作品を出品したところ、いくつかの作品が売れたそうです。


自分で出品しておきながら、「商品として売れるんだ」と驚いたといいます。しかし、商品として売れることがわかっても、大々的にクラフトマーケットへの出品を行なうことはありませんでした。



世間の「副業解禁」の流れとともに真剣に取り組む


藤長さんの作業場(工具は少しずつ揃えたそうです)


クラフトマーケットへの出品を始めたのが、今から約10年前。多くの企業では、まだ副業が禁止されている時代でした。藤長さんの勤めていた会社も多分に漏れず副業は禁止されていたため、藤長さんはクラフトマーケットにはこっそり出品していたそうです。


大きな変化が訪れたのは、世の中が副業解禁となりつつあるタイミングでした。2018年に厚生労働省が副業・兼業に関する規定を新設します。すると藤長さんの勤めていた会社でも副業解禁の流れとなり、それを機にこれまで以上に木工制作に向き合うことになりました。 結果はすぐに形となって現れ始めます。藤長さんの作品は、少しずつ認知されて売れるようになってきたそうです。


また、クラフトマーケットと同時期に盛り上がってきたのがInstagramでした。藤長さんの作品もInstagramの盛り上がりと同時に、人に見られることが多くなります。


「時代も良かったのだと思います。SNSのつながりが大きいですね。Instagramを見て注文してくださる方が増えました」


2021年の春、藤長さんは思い切って会社を退職し、木工制作と珈琲販売をメインにし始めます。



平凡珈琲は一台の手回し焙煎機から始まった


プレゼントで当選した珈琲ロースター


今や地域でも人気の珈琲店となった「平凡珈琲」ですが、珈琲を自分で焙煎するようになったのは、まだ現役の会社員であった今から4年ほど前のこと。


珈琲の焙煎には以前から興味があり、「自分でやってみたかった」と藤長さんはいいます。最初は小さな焙煎機を使って楽しんでいたのですが、FUJI ROYALの手回しロースターを購入したことで、大きな変化が訪れたそうです。


FUJI ROYALの手回しロースターは年間50台の限定生産品であり、発売されるとほとんどその日の内に完売してしまう人気商品です。藤長さんはその存在も知らなかった状態で、たまたま発売当日にネットで見て注文。運よく抽選に当たり、購入できました。


FUJI ROYALの手回しロースターはガスコンロの上で焙煎する仕組みです。窯をひたすら手で廻し続ける必要があり、自分の感覚のみを信じて焙煎しなければなりません。そんなロマン溢れる手回しロースターとの運命的な出会いをきっかけに、藤長さんは本格的に珈琲と向き合い始めました。


ただし、実際に焙煎をしたのは、自分や家族が飲む分の珈琲のみ。当時はまだ現役の会社員であったこともあり、珈琲の焙煎は趣味の範囲を超えることはありません。たまに友人から依頼されて焙煎することはありましたが、販売を考えることはなかったといいます。


藤長さんが本格的に珈琲の販売を考え始めたのは、DIYで制作した小屋の再利用がきっかけでした。



DIY好きが高じて制作した小屋が大手雑誌にも掲載


DIY制作の珈琲焙煎小屋


珈琲を焙煎する小屋は、物置きとして使用していた建物。実は約13年前に藤長さんが二人のお子さんたちと一緒に手作りしたそうです。


当時の写真などをフォトブックとしてまとめたものを見せていただきました。


物置の制作過程を記録したフォトブック


「家族や友人たちと屋外で食事するのが好きで、タープなどを張ってみんなでワイワイ食事をしていたんです。でも、その内タープを張るのも面倒くさくなって、自分で小屋を作ってしまいました。小さな小屋ですが、テーブルを置いても8人くらいは座れます」


実はこの建物の制作過程が、DIY雑誌「ドゥーパ」で数ページにわたり紹介されたこともあるほどの本格派。雑誌掲載直後は遠方から読者が見学に来られたこともあるそうです。基礎工事から自分で施工されているのを知り、筆者が感心していると「父親が土木関係の仕事をしていたもので、基礎だけは教えてもらいながら自分で作業しました」とのこと。


小屋はお子さんたちの成長とともに物置きへと変貌。


さらに数年の時を経て、藤長さんが焙煎部屋として使用することにしたそうです.


DIY制作の珈琲焙煎小屋の内装


外観はおしゃれな小屋ですが、室内のつくりは簡易的なもの。「断熱材などを使っていないので、夏の焙煎は本当に地獄です」と藤長さんは自虐めいた笑顔で語ります。


小屋の中にはロースターだけでなく、自作の棚や収納スペースが設置され、珈琲関係の書籍や必要な道具などが置かれていました。


ところで、珈琲の販売を開始するきっかけはどのようなものだったのでしょうか。



最初の頃のお客さんは木工作品の購入者だった


焙煎小屋の壁には「JUNK PUNK」と「平凡珈琲」の表示


木工品づくりに力を入れることでInstagramのフォロワー数も徐々に増加してきました。二つ目の趣味として珈琲の焙煎を始めた藤長さんは、フォロワー数が1000人近くになった頃、趣味の延長として工房の隣で珈琲ショップ「平凡珈琲」を始めたそうです。


「木工のお客さんが珈琲も買い求めて来てくださった感じですね。それと、去年からは市役所の売店にドリップパックなどを置いてもらえるようになりました。市役所に置いている商品はよく売れています」


敦賀市役所では、去年2022年4年1月4日に新庁舎がオープンしたのと同時に「日々是好日」と名のついたセレクトショップのような売店が庁舎内の1階にできました。売店では、地場産業を中心に様々な商品を販売していて、平凡珈琲のドリップパックも人気商品の一つです。


今年2023年2月19日(日)には、敦賀市役所内で「新しい庁舎を見てみよう」と題されたマルシェが開催され、藤長さんも平凡珈琲として出店。テイクアウト珈琲や珈琲豆を販売しました。


実は藤長さんはマルシェなど多くのイベントに参加していますが、近年は企画・運営にも携わっています。



どこでも珈琲屋台|DIYで持ち運びも簡単


イベントにもそのまま持ち運んで使える手作りの珈琲ショップ


藤長さんがイベントに出店する際、店舗として利用しているのが、藤長さんが自作された「どこでも屋台」です。


平凡珈琲の屋台は持ち運び可能で、誰でも簡単に組み立てられるため、このように呼んでいます。1.5m×1.5mのスペースと100V電源さえあれば、どこでも珈琲スタンドになるという優れもの。


一見、デザイナーに依頼したのかと思えるようなスッキリした見た目の屋台ですが、デザインもすべて藤長さんが行なったとのこと。珈琲ショップも木工制作と密接につながっていることがよくわかります。



コンセプトは「シンプル」「チープ」「クール」


お店の看板なども全て藤長さんの手作り


藤長さんの作り出すものには統一性を感じました。木工製品だけでなく、珈琲のパッケージや看板などにも強いこだわりが感じられ、独特の魅力があります。藤長さんに伺うと、コンセプトは「『シンプル』で『チープ』だけれども『クール』」と語ってくれました。


近年はSGDsが謳われ、リサイクル産業なども注目を浴びています。木工制作では古材を用いている藤永さんですが、そのような意識は無いそうです。


「サスティナブルというわけではなく、『古材がかっこいい』とかそういう感じですね。古材ならではの素材感が良いと思っています」


では、藤長さんはどうして廃材や古材を使用するようになったのでしょうか。廃材や古材に魅せられた経緯について詳しく伺いました。



廃材を使い始めたきっかけは一枚の古いドアから


廃材などを使用して制作した作品


藤長さんが廃材を使用するようになった最初のきっかけは、奥さんの親戚が家を建て替えるとの連絡を受けたときでした。場所は、戦禍を逃れ、古い建物が残っていることで知られる福井県小浜市。取り壊す予定だった家も昭和レトロな古民家で、建て替えを機に、藤長さんはガラス入りのドアを譲り受けたそうです。


引き取ってきたドアをInstagramに掲載したところ、たちまち他の人からも「うちにも廃材があるけど、もらってくれないか?」との連絡が届くようになりました。連絡が届く度、様々な古材や廃材をもらいに行ったとのこと。今でも時々連絡があり、その都度もらいに行くそうです。


ただし、すべての作品を廃材や古材のみで制作しているわけではありません。主な作品は受注生産なので、お客さんの注文に合わせて制作をすることになります。よって、その都度必要な材料を選択する必要があり、ホームセンターで古材ではない2×2(ツーバイツー)や2×4(ツーバイフォー)を購入することもあるそうです。



ガラスを使った木工制作で個性を発揮


焙煎小屋の中にもガラスを使用した作品がディスプレイされていた


作品には戸のストックやガラス部分を利用することも多いといいます。焙煎小屋のドアも廃材のドアを使用して作られていました。「当時はガラスを使った作品を制作している人があまりいなかったのもあって、人と違うことをするきっかけにもなりました」と語ります。古い材料やレトロガラスをもらうことも多く、焙煎部屋にも個性的な作品がディスプレイされていました。


藤長さんは、自分自身で「自分を表現したい人」だといいます。 注文を受ければどのようなものでも作るそうですが、それは自分を表現できることが前提のようです。


「同じものを50個量産してほしいと言われたら、断るかもしれませんね。そんな注文はありませんけど」


実際、藤長さんが手がける作品はほとんどが一点ものです。一点ものは制作時には構想・設計が必要となりますが、具体的にはどのようなオーダーが多いのでしょうか。



家具調のもの以外なら何でも作ります


プランター用のカバーを制作中の藤長さん


クラフトマーケットに出品するもの以外は基本的にお客さんからのオーダーを受けてからの受注生産です。誰もが「もう少し小さければここに収まるのに」という経験をしたことがあるでしょう。藤長さんは「このサイズに作って欲しい」とのオーダーに応えることが多いそうです。


「作れるものであれば何でも作りますが、家具調のもののように部品が多くて精密なものは作りません。基本的には廃材や古材、ホームセンターで購入できる木材を使用して制作するので、どうしても制作物の制限はあります」


制作物のデザインについては藤長さん自身で考える場合とお客さんから指定される場合があるそう。お客さんからの指定に関しては、具体的に指示された場合は比較的容易だといいます。一方、お客さんのイメージ自体が曖昧な場合は、お互いに納得のできる制作となるように一緒にイメージを固めていくそうです。


一点ものなので、難易度や制作に必要な時間も大きく異なります。そこで気になるのが販売時の価格です。どのように価格設定をしているのか尋ねました。


「基本的には最低賃金程度を想定し、制作にかかった時間を考慮して商品の価格を決定しています。もちろん、その作品の難易度によっても異なりますが、概ね『かかった時間✕1,000円程度』の価格ですね」


お金よりも人の役に立てることが嬉しいと語ると同時に、今後も自分のデザインなどが反映されるような制作物を作っていきたいといいます。


水出し珈琲とパッケージ


平凡珈琲のInstagramには「想言」のカテゴリーがあり、写真にキャッチコピーが添えられています。たとえば「人には喜ばれると嬉しいという本能があるみたいだ」「人生は、言葉で伝えない想いの方がはるかに多い」など。キャッチコピーを読むと、心をくすぐられるような不思議な感覚に陥るかもしれません。


「キャッチコピーを考えるのも好きなんですよね」と語る藤長さんは、ドリップパックのパッケージに平凡珈琲のロゴマークとキャッチコピーを記載しています。キャッチコピーの種類は30種類以上もあり、読んでいるだけで心が温まるものばかりでした。


「珈琲も木工も好きですが、ロゴマークやデザインなども全部自分でやりたい」 


現在、平凡珈琲のロゴマークなどもすべて藤長さんが自分でデザインされているとのこと。


珈琲を通して藤長さん自身が自分を表現できるといいます。木工も活かし、一つのディスプレイとして表現できるのが楽しいそうです。珈琲ショップでありながら、珈琲だけじゃないところが藤長さんらしさなのでしょう。


そんな藤長さんに、今後の展望や想いについて伺いました。



自分の好きなことで人の役に立ちたい 


ちょんまげとパーマのイベント告知(出典:Instagram)


敦賀市のある嶺南地方と嶺北地方は江戸時代には別々の国だったこともあり、文化圏・産業圏が別れているために交流が少ない状況です。


様々なイベントに参加しながら、イベントの企画も手掛ける藤長さんは「嶺北地方と嶺南地方の橋渡しをしたい」と語ってくれました。嶺南地方で開催されるイベントは少ないこともあり、嶺南地方を拠点として活動している藤長さんは嶺北地方で開催されるイベントにも積極的に参加しています。


藤長さんが企画したイベントとしては、金ヶ崎緑地休憩所で開催した「平凡タイム」や、平凡珈琲と嶺北のパン屋さんとのコラボ企画「ちょんまげとパーマ(パン屋さんがちょんまげ、藤長さんがパーマのイメージ)」など。また、今年3月には市役所の依頼で新幹線開通前のイベントも開催しています。


イベントを通じ、嶺北地方の出店者とも交流ができたことで、藤長さんが嶺南地方で企画するイベントにも嶺北地方から参加される人が多くなりました。今後も様々なイベントを企画し、嶺北地方と嶺南地方の橋渡しをしていきたいとのことです。


そんな藤長さんの原動力は「人に喜んで欲しい」という想い。木工制作、珈琲販売のどちらも収益はそれほど期待していないとのこと。収益よりも人との縁や喜んでもらえることを大切にしたいといいます。元々は人との関わりが特別好きということはなかったそうですが、イベントへの参加や企画を通じ、人との縁を深く感じるようになったそうです。


「自分の好きなことで人の役に立ちたいとの思いが大きいです」


藤長さんは熱い想いを語ってくれました。趣味を仕事として取り組むには、自分自身が楽しむことも大事ですが、お客さんに喜んでもらうことが重要です。さらに藤長さんのように地域社会にも貢献できれば、「三方よし」の理想的な商売の形となります。


藤長さんの取り組みは、趣味を仕事にしたいと考える人に大変参考になるでしょう。




■ 平凡珈琲 / garage craft JUNK PUNK


住所

〒914-0821

福井県敦賀市櫛川95-7-8


平凡珈琲のInstagram

@heibon_coffee


藤長さんのInstagram

@craft_junkpunk