「駄菓子屋のんのん」は2023年1月に事業承継した福井県敦賀市唯一の駄菓子店です。前オーナーの今井乃ぶ代さんが80歳になるのを機に、廃業予定だった店舗を引き継いだのが現オーナーの大石愛子さん。


単純に駄菓子屋を引き継いだだけではなく、日本の駄菓子文化そのものを引き継ぎ、次の世代にも残していきたいとの想いを強く感じました。


店舗の歴史を伺うとともに、前オーナーの今井さんから事業を引き継ぐ際の様子や今後の事業展開について詳しく伺いました。



時代の変化に伴って鍛冶屋から駄菓子屋へ


店舗の外にはお店の歴史が書かれた看板が設置されている


現在、駄菓子屋のんのんがある店舗は、元々鍛冶屋だったそうです。しかし、時代の移り変わりとともに、傘屋、ファンシーショップを経て、「駄菓子屋のんのん」の前身である「夢HOUSE乃ん乃ん」へと変化していきました。


傘屋の店主であった梶野清さんの長女、今井さんが別の場所で営んでいた店舗を現在の場所に移転。梶野清さんの長男、伸一さんが営んでいたファンシーショップの閉店と同時に「夢HOUSE乃ん乃ん」としてオープンさせたのが2007年のことでした。駄菓子屋の経営は今井さん夫婦ふたりの夢だったそうです。


順調に経営していた「夢HOUSE 乃ん乃ん」でしたが、今井さんが80歳となる2022年7月をもって廃業の意思を固めます。


そこで立ち上がったのが、地元商店街振興組合の人たちと福井県事業承継・引継ぎ支援センター(以下、引継ぎ支援センター)でした。



とんとん拍子に話が進んだ事業承継


前オーナーの今井さん夫婦(左・右)と大石さん(中央)(出典:Instagram)


最初に「夢HOUSE 乃ん乃ん」閉店の知らせを受けたのは、地元商店街振興組合の人たちでした。商店街の人たちは口々に「駄菓子屋さんが無くなるのは寂しい」「何とか継続する方法はないだろうか」といいます。しかし、第三者による事業承継となると、希望者を探すことは困難。


そんなとき、商店街振興組合にイベントの企画関係で出入りしていた大石さんにも話を持ちかけられました。


大石さんが生まれ育った場所は「夢HOUSE 乃ん乃ん」とは校区が違うので、利用したことはなかったそうです。今まで交わることのなかった今井さんと大石さんが運命的な出会いをします。



商店街振興組合の知り合いから大石さんに相談

当時、大石さんは父親の経営する会社のイベント担当として勤務しつつ、アクセサリー作家としても活動していました。


イベント担当としては、ハンドメイド雑貨店や飲食店、ケータリングなど有志が集まって開催したイベント「けひさんアートマルシェ」や「OSANPO SANDOU」などを企画していました。斬新なアイデアのイベントを企画し、運営に携わることで商店街振興組合とのかかわりも深くなったといいます。


あるとき、大石さんは商店街関係の仲良くしている方から、「夢HOUSE乃ん乃ん」の廃業について相談されました。大石さん自身に引き継いでほしいということではなく、「どうにかして残したいのだが、何か良い方法は無いか」との相談です。


大石さんは、できることなら存続させたいと同意します。


「元々駄菓子屋さんに一人でも入るのが好きだったんですよ。駄菓子屋さんには子供時代の想い出もあります。だから、駄菓子屋の歴史や、この風景を無くしてはいけないという想いがありました」


敦賀市内には駄菓子屋が他になく、閉店すると駄菓子屋の文化そのものが無くなってしまいます。大石さんが「夢HOUSE乃ん乃ん」の前を通るときには、いつでも子供たちが集まっている様子を見ていたこともあり、「子供たちにとっては嬉しい場所なので、やっぱり残さないといけない」という思いがあったそうです。


その後、商店街の人が大石さんに相談していることが「引継ぎ支援センター」の担当者に伝わります。大石さんは何らかの対策を考える内の一人だったのですが、引継ぎ支援センターの担当者の方の目には事業承継に興味があると思われたとのこと。


確かに、興味があることに間違いはありませんでした。しかし、大石さん自身には他にも仕事があったため、駄菓子屋の事業を引き継ぐつもりはなかったといいます。


しかし、大石さんはある悩みを抱えていました。



父が倒れたことを機に事業承継を前向きに考えることに


事業引継ぎ(M&A)成約式にて(画像提供:大石さん)


話は少し遡りますが、大石さんのお父さんが病気になり倒れたことがあったそうです。大石さんはお父さんの会社の社員として手伝っていたこともあり、お父さんが倒れてしまっては仕事が成り立ちません。


「私が父の会社を引き継ぐか、廃業するかのどちらか選択を迫られた感じです」


幸いにもお父さんは短期の入院で済み、今まで通りにはできないまでも仕事に復帰されます。医師からは「もう歳も歳だからよくはならない」といわれたとのこと。


駄菓子屋の話を聞いたのはその後でした。大石さんは将来も見据えて悩んだそうです。事業承継にも興味があるが、今の会社もどうすべきかと。


そんなとき、当時公務員だった大石さんのお兄さんが「一度(事業承継の)話を聞きに行こう」ときっかけを作ります。


詳しい話を聞いたお兄さんが「自分が仕事を辞めて父の会社を手伝う」と申し出たことで、「じゃあ、できるかもしれない」と大石さんが事業承継の決意を固めました。



かかった費用はほとんど店内在庫の買い取り料金のみ


店舗の内装や設備はほとんどそのまま受け継ぐ


事業承継はとんとん拍子に話が進みます。譲渡内容は屋号や商品、備品、取引先など。(事業用建物は賃貸借契約)


事業承継には大きな費用がかかるイメージですが、「夢HOUSE乃ん乃ん」の譲渡ではほとんど費用が発生しなかったそうです。既に設置してある商品の陳列棚などについても、そのまま頂いたとのこと。支払った費用を強いて挙げるなら、店内にある在庫品を買い取った費用のみでした。


「事業承継でこんなにスムーズにできた例はほとんど無いのではないかと。大きな問題もなく、すんなり引継ぎができました」と大石さんは語ります。



店内のレトロな雰囲気はそのままに


以前使用されていた古いレジもそのまま設置されている


店内は昭和の雰囲気が色濃く残ったままの状態です。内装にはほとんど手を加えず、以前から使用されていた木製の棚や手作りの陳列台がレトロな世界観を保っています。


引き継いだ設備の中には、既に壊れて使用できなくなった古いレジもありました。しかし、大石さんはあえて設置し続けることで昭和レトロの雰囲気に合わせています。


また、店内にはかつてファンシーショップだった面影も残っていました。以前はフィッティングルームとして使われていたであろうその場所には、今でも大きな鏡が設置してあります。


大石さんは店内の歴史をそのまま残しつつ、現代の子供たちにも受け入れやすい駄菓子やおもちゃなどの商品をレイアウトして、のんのんらしさも出していました。


このように、店舗の歴史を大事にしながら、今井さんから事業を引き継ぐことになります。



大石さんの想いが込められたロゴデザイン


駄菓子箱の注意書きとロゴ(出典:Instagram)


「夢HOUSE乃ん乃ん」は2022年12月25日で営業を終え、翌1月からは「駄菓子屋のんのん」に店名を変更して、大石さんが正式にオーナーとなりました。


店舗名を変更した理由としては、駄菓子屋であることをわかりやすくしたいという思いもありましたが、駄菓子屋の文化を残す意味もあります。


また、「乃ん乃ん」をひらがなの「のんのん」に変更しました。


「乃ん乃ん」は歴史もあり、地元の子供たちや商店街からも親しまれた名前です。前オーナーの名前である「乃ぶ代」から文字を取っていたこともあり、店名を残すことで乃ぶ代さんへの敬意も表しています。歴史を引き継ぐ思いでその名前を残すと同時に、さらに親しみやすさを求めてひらがな表記に変更したとのこと。


ロゴもデザイナーに依頼して新しく制作してもらったそうで、柔らかいイメージになっています。ひらがなの「のん」が数字の「2」にも見えます。「のん」が2回で「のんのん」の意味を表すと同時に、「夢HOUSE乃ん乃ん」から引き継いだ2代目という意味も込められていました。


看板は以前のままで、入口にロゴのシールを貼っているのみになっています。現在は看板の変更も検討中とのことでした。


1月に店舗を引継ぎ、1月9日から営業を開始しました。開店してからの様子についても伺います。



新装開店「駄菓子屋のんのん」現在の様子


大人には懐かしい駄菓子は今の子供にも人気


店舗の営業時間は下記の通りです。

平日:11:00~16:00

土日祝:10:00~17:00


平日はお子さんの保育園への迎えで16時に営業を終えているとのこと。そのため、残念ながら学校帰りの子供たちはなかなか来られないようです。


「学校から早く帰れた日には、お祖父ちゃんお祖母ちゃんに連れられて来る子もいます。土日とのギャップが凄いですね」


土日は朝からお客さんが多いそうです。子供だけではなく、大人も昔を懐かしんで駄菓子を購入しに来るとのこと。親子で違った楽しみ方ができるのも駄菓子の特長かもしれません。


店舗の定休日は毎週火曜日と水曜日に設定されています。しかし、定休日だからといって休んでいられるわけではないそうです。



定休日には名古屋・大阪まで自家用車で仕入れに


陳列前の仕入れ商品が所狭しと並んでいる


定休日には、仕入れのため遠方に出かけることが多いといいます。取材に伺った日は水曜日でしたので、前日の火曜日に仕入れてきた商品が所狭しと置かれていました。


営業開始の頃は、大阪や名古屋での仕入れのみでしたが、現在は大石さん自らが新たな取引先として開拓した福井市内・京都・滋賀の問屋も訪れています。問屋によって置いてある商品が違うことから、新たな取引先を開拓しながら、ほぼ毎週のように出かけていた時期もあったそうです。


最近の仕入れ頻度は少なくなってきているそうですが、在庫や新たな商品の確保のため今後も仕入れのペースなどを調整しながら新たな問屋を開拓していくとのことでした。



今後の事業展開3つの柱


懐かしいおもちゃや色とりどりのジュースも並ぶ


以前は、商店街でいくつものイベントを企画したこともあり、アイディアマンの大石さんはのんのんでもその発想力を発揮。現状に満足することなく挑戦しています。


今後の事業展開として考えているのが下記の3点です。


・駄菓子箱の設置

・単品売り花火の取り扱い

・移動販売


それぞれについて詳しく伺いました。 



大人も子供も楽しめる「駄菓子箱」を設置


駄菓子箱には駄菓子の上に貯金箱が置かれている(出典:Instagram)


大石さんは4月頃より「駄菓子箱」の設置に取り組んでいました。


駄菓子箱とは、専用の箱に値札のついた駄菓子を入れて、貯金箱と共に置くだけのシンプルな外観です。お客さんは欲しい駄菓子を取り、料金を貯金箱に入れる仕組みで、無人販売のイメージ。お菓子の補充は大石さんが行なっています。


現在は敦賀市内の下記3施設に設置しています。


・コワーキング&シェアオフィス「縁人-ENJIN-」

・BAR YOSHIO(バー ヨシオ)

・子育て支援拠点ここるん


駄菓子箱を最初に設置したのはコワーキングスペースとバーという、どちらも大人向けの施設でした。少し口さみしいとき、小腹が空いたときに好きな駄菓子を手に取ることができるので、利用者には喜ばれているそうです。駄菓子は子供だけではなく、大人も童心に帰ることができます。


そして、3軒目の設置施設となったのが、2022年9月にオープンした「子育て支援拠点ここるん」でした。


今後は駄菓子箱を設置する施設が増えるかもしれません。駄菓子箱がコミュニケーションツールとしての役割も果たすのではないでしょうか。


童心に帰るという意味では、花火も同様です。



駄菓子だけでなく単品の花火も販売したい


取材前日に仕入れてきた手持ち花火


取材の前日に仕入れをしてきた大石さんは、「花火を販売しようと思って仕入れてきました」とにこやかに話してくれました。


筆者は子供の頃、夏になると花火をバラで大量に買ってもらった記憶があります。そのことを話すと大石さんは、「私はそういう経験が無かったのですが、他のお客さんからも『子供の頃に単品の花火を買ったことがある』と聞いたので、欲しい大人も子供も多いのではないかと思って」と、仕入れた花火の箱を開けました。


花火を単品で購入できる店舗は近くにはないということもあり、喜ばれるのではないかとの考え。そこには色とりどりの手持ち花火が敷き詰められていました。種類にもよりますが、子供のお小遣いで購入できる価格で販売するとのこと。


売れなければ取り扱いをしなくなるかもしれないそうですが、行動力と新たなアイデアを生み出す発想力が大石さんの強みです。


「誰もやっていないことや、無いサービスを考えるのが好きなんです」と、さらに新たな取り組みについても語ってくれました。大石さんの頭の中からは溢れんばかりにアイデアが出てくるようです。



「駄菓子屋さんがここに来るよ!」とワクワクを届けたい


移動販売を検討している自家用車


多くの人に駄菓子のワクワクを届けるには、1店舗のみの現在の営業形態では限界があります。


そこで大石さんが考えたのが、移動販売でした。敦賀市内には生鮮食品などを移動販売しているサービスがあり、同じように駄菓子や玩具を販売したいとのこと。


「『駄菓子屋さんがここに来るよ』みたいにやろうと思って、今準備している最中です」


車の荷台に駄菓子を直接陳列するのではなく、棚などを運び、車の外で販売することを考えているそうです。そう語る大石さん自身がワクワクしているようでした。


そして、移動販売先で待ちわびている子供たちの顔が思い浮かびます。駄菓子は大人も子供も笑顔にさせる魔法のツールかもしれません。


最後に、駄菓子の魅力について伺いました。



ワクワクする場所を提供し続けたい


駄菓子の魅力を熱く語る大石さん


「やはり安価な点が駄菓子の最も大きな魅力だと思います。小さなお子さんが小銭を握りしめて訪れてもたくさんの種類が買えますよね。パッケージが可愛い商品や当たりくじ付きの商品が多いのも魅力かもしれません」


安価で品物の種類も多いことから、子供たちが金銭感覚や購買システムを学ぶ場所にもなっています。実際に、地元小学校などの校外学習でも、駄菓子屋のんのんが利用されているそうです。社会的意義もあり、誰かが残していかなければならない文化かもしれません。


駄菓子屋は子供にとってはもちろんワクワクする場所ですが、大人にとっても童心に帰れる場所。大人のお客さんは子供の頃を懐かしみ、大人買いして帰ることも多いそうです。


「これからも大人も子供もワクワクできる場所を提供し続けたい」と想いを熱く語ってくれました。


文化をつなげていくという点でも今まで続けてくれた今井さんには、本当に感謝の気持ちでいっぱいだといいます。また、現在支えてくれている家族にも感謝しているそうです。


物価上昇のため、駄菓子一つ一つの価格も少しずつ高くなってきています。そんな状況にも負けずに、優しい文化を守り続けようと努力している大石さんにも、我々は感謝の気持ちでいっぱいです。




■ 駄菓子屋のんのん


住所

〒914-0063

福井県敦賀市神楽町1丁目4番15号


Instagram

@dagashiya_non_non