得意なことがあれば苦手なこともある、それはきっと人も野菜も同じ。それぞれの特性を観察して、理解して、認め合ったり助け合ったりすれば自分の役割が見つかるはずです。


福井県あわら市の就労継続支援B型事業所うらら農園では、農薬に頼らず野菜本来の生命力を引き出す自然農法を実践しています。


ともに働きともに活動する利用者を「仲間」と呼び、「みんなちがってみんないい」をモットーに人と野菜に本気で向き合う農園の取り組みを紹介します。 



「みんなちがってみんないい」の自然農法を実施


生き生きと葉を茂らすうらら農園のニンジン。草と葉っぱを見分けて間引くのがポイントです(写真はハスの実の家のFacebookより) 


自然農法は、農薬や除草剤に頼らず、草や虫と共存しながら作物の栽培を目指す農業の手法です。


障害がある人の就労継続支援B型事業所「うらら農園」は、60年近く続く社会福祉法人ハスの実の家が運営する事業の一つです。自然農法を取り入れた農業を展開し、市内外の農産物直売所やイベント、ハスの実パン工房で野菜を販売しています。「みんなちがってみんないい」をモットーに、自然環境を活かして草や微生物などさまざまな生き物の力を借りながら作物を育てています。


農耕のほかにはパンの製造・販売を行うパン工房の班、お菓子の製造・販売を行う菓子工房の班があります。利用者は3班のいずれかに所属し、畑や工房に分かれて日々の作業を行います。


ハスの実の家のこだわりは、できるだけ自然に近く、環境に優しいものを提供すること。国産の原料を使用して天然酵母で焼いたパンやお菓子、自然農法の野菜はお店の人気商品になっています。


利用者は工房内でパンやお菓子を作るほかにも、施設が運営するパン屋さんの店頭で接客したり、レジで会計をしたり、あらゆる仕事を担当します。

ハスの実パン工房の店内。天然酵母を使用したさまざまな種類のパンが並びます(写真はハスの実の家のFacebookより)  


農耕班のメンバーは現在8名で、年齢は20代から60代と幅広く最年長の男性は68歳。年間を通じて基本的には屋外で1日5.5時間の農作業に従事します。


「畑は広々としているので、大きな声を出してもあまり気にならないし、些細な人間関係で悩むことも少ない。野菜相手の仕事は、せかせかせずに自分のペースで作業できるから年齢に関係なく続けやすいと思う」


そう話すのは農業指導員として3年前にうらら農園に就任した折原さんです。


折原さんは、勤めていた会社を退社し5年前に福井に移住します。2年間「ふくい園芸カレッジ」で栽培管理や経営を学び、卒業後にタイミング良く募集が出されていたハスの実の家の求人に応募しました。自然農法に興味があったわけではありませんが、特別栽培農産物を目指していたため、農業に対する考え方は似ていたといいます。 


開墾中の畑で作業する折原さん。就任から3年が経ち、生産量も増えてきたと話します。 


「自然農法でも販売できる野菜が問題なく育つことは大きな発見でした。障がい者施設で働いた経験はありませんでしたが、一般的な畑よりも畝の幅を広くして仲間が作業しやすくする、機械が必要な作業は職員が行うなどの工夫をしながら仲間と一緒に作業を進めています。仲間の成長も仕事のやりがいの一つで、鎌が使えなかったメンバーが使えるようになったり、野菜の苗と草の区別がつかなかった人が間引きができるようになったりするところを見るとうれしくなりますね」(折原さん)


折原さんは「農業は食べる物を作る仕事。種を野菜に変えて、ゼロをイチに変える仕事」だと仲間たちに話し、自身たちの仕事に誇りを持ってほしいと伝えます。農業を仕事にすると決意して移住した5年目の福井で、人と野菜に本気で向き合う姿が印象的です。



生産量を増やすため、草や虫と戦いながら研究を重ねる


一般的な畑よりも畝と畝の間を広くとって作業しやすくしています。


除草剤や殺虫剤を使わない自然農法は、野菜が草や虫や病気に負けないよう細やかな栽培管理が求められます。


また、収益につなげるためには生産量の確保が必要不可欠です。折原さんと農耕班の仲間たちは、出来栄えが良くて生産量が安定する品種選びのため、自分たちの畑に合った野菜はなにかと日々研究を重ねます。


「農薬を使わないことが大前提の栽培は難しいことももちろんありますが、安全であることが付加価値になっていると感じます。農産物直売所に並んでいる商品の中で、自分たちが出荷した野菜ばかりがなくなっているのを目にすることも少なくありません。少し値段が高くても、うらら農園の野菜を選んでくれるお客さんがいることは励みになります。アブラナ科、直根の野菜などいろいろな品種を試してみて、ニンジンや大根などの根菜類と相性がいいとわかったので、量産につなげるべく生産を続けています」(折原さん)


不揃いの大根は加工して切り干し大根に。ほかにも里芋の親芋をコロッケにするなどおいしく食べられるよう工夫しています(写真はうらら農園のHPより)


2023年には、開墾した土地の土壌改良を進め、あわら市の特産品である紫芋の栽培に挑戦します。ほかにも、農産物直売所から「この品種を作ってみてほしい」との依頼を受けて、ビーツを植えました。土壌改良にも米ぬかやもみ殻など有機物の資材を用い、うらら農園らしい地球にも人にも優しい農業を実践します。


また、農園では販売用の野菜のほかに仲間たちが育てたい野菜を自由に栽培できるスペースを設けています。今年はトウモロコシやズッキーニやモロッコインゲンなど、メンバー8人がそれぞれ選んだ種類を植えました。


就労事業を取りまとめる丸山さんは次のように話します。


仲間のリクエストで植えたトウモロコシ。みんなで種から育てた苗を畑に定植します。 


「種や苗から野菜が育つまでには、少なくとも数カ月程度の時間がかかります。形になるまでの時間の長さがパンやお菓子とは大きく違う部分です。しかも、植えてから収穫するまでの間に水をやったり、草を刈ったりと日々の手入れをしないといけないので、モチベーションを保つのが大変だと感じます。農作業は外で立って行う作業がほとんどで楽な仕事とは言えません。楽しく仕事をしたい!こんな野菜を作ってみたい!僕が作った野菜を買ってください!と仲間の声を大切にこの取り組みをはじめました」(丸山さん)


農薬に頼らずに生産量を高める方法を模索しながら、仲間たちが楽しく畑に向き合えるエッセンスを忘れないうらら農園。利用者や職員の想いを叶えるバランスの取れた運営が伺えます。 



自信を持って仕事をして、自分の役割を見つけてほしい


パン工房の仲間が考案したパン。「こんなパンが作りたい」と利用者がアイデアを出し、職員と試行や試食を重ねます(写真はハスの実の家のFacebookより)


野菜の販売先はこれまでは直売所がメインでしたが、2022年から対面の野菜販売を始めました。丸山さんは「店頭で接客するパンやお菓子製造の班と同じように、農耕班も直接お客さんと話す機会を増やしたかった」と話します。自分たちの野菜が目の前で売れる達成感が得られるメリットのほかにも、「この野菜はよく売れるからもっと植えて収穫量を増やそう」と建設的な発言が見られたといいます。


また、昨年末には職員同士で行う総会に利用者が参加し、売上や今後の目標などについて議論しました。製造・販売に加え、経営も仲間たちと職員が一丸となって進めようというハスの実の家の新しい取り組みです。


総会の様子。利用者と職員が一緒に参加して売上の報告や今後の目標を話し合います(写真はハスの実の家のFacebookより)


「製造も販売も仲間と職員が一緒に進めるのであれば、職員だけが売り上げを知っていたり、これからどうしていこうかと話したりするのは不自然だと思い、仲間にも報告会や総会に参加してもらうようにしました。リアルな状況を共有して、同じ職場で働くメンバーとしてより良いお店や商品作りを目指していきたいです」(丸山さん)


ハスの実の家では情報発信にも力を入れていて、パン工房・菓子工房・うらら農園はそれぞれInstagramやFacebookのアカウントを持ち、投稿を続けています。「SNSを見ました」「こんなところにパン屋さんがあると知らなかった」と来店するお客さんも増え、知名度アップも順調です。


障害に対する理解が広がってきていますが、まだまだ見えない溝もあると話す丸山さん。「障害があることは特別ではないとアピールするだけでは理解は広がっていかない。まずはこちらがオープンになって、どんどん外に出ていかなくては」と、イベントへの出展や感謝祭・バザー・コンサートなどのさまざまな催しの開催に積極的に取り組み、多くのファンを集めています。


屋外コンサートの様子。オリジナルソング「やっぱりここがいいよ」を披露します(写真はハスの実の家のFacebookより)


「自分が育てた野菜が目の前で売れたり、自分が考えたレシピでお菓子やパンを作って売ったりすることで仕事のやりがいや楽しさが増します。人に喜んでもらえる経験を積めば、やりがいは自信に変わり、社会の中の自分の役割が明確になるはずです。仲間にとってハスの実の家が、自信を持ってできる活動を通して役割を見つけられる場所になればと思っています」(丸山さん)


 ――― 

うらら農園で育った野菜は、野菜本来の濃い味がするといいます。見た目や価格はスーパーに並ぶ野菜に敵わないかもしれませんが、おいしさや安心感が多くの人に評価されていることは確かです。 手間も時間も必要な自然農法に向き合う姿勢から、人や野菜の個性を観察して「どうしたらいいところを伸ばせるか」と試行錯誤を続ければ、効率や利便性に負けない価値を生み出せることを教えていただきました。


周りの人や生き物と支え合い、伸ばし合い、人も野菜も「みんなちがってみんないい」と生きていける優しい環境が広がっていってほしいと感じます。




■ 社会福祉法人 ハスの実の家


公式HP

https://hasunominoie.com/


住所

〒910-4103

福井県あわら市二面第87号26番地2


Facebook

社会福祉法人 ハスの実の家


Instagram

@hasupan737300



■ うらら農園


公式HP

https://hasunominoie.com/urara/