就労支援施設は、障害がある人が社会に出て働くためのスキルや作法、社会性を身につける職業訓練の場とされています。ただ、いくらスキルや作法を身につけたとしても、障害者がスムーズに働くためには周囲の理解やサポートが必要不可欠ではないでしょうか?


福井県坂井市の就労支援施設スマイル農園では、就労の先にある利用者の生活を見据え、地域と連携した活動に力を入れています。


地域住民との距離が近い施設ならではの活動展開や職員の想いを紹介します。 



「地域に溶け込んで笑顔の連鎖を作りたい」と1名からスタートした農園


スマイル農園の入り口。立ち上げ時は農園とピザ販売の2つがメインの事業でした。


就労支援継続B型事業所スマイル農園を運営しているスマイルネットワークさかいは、福井県坂井市大関地区の特定非営利活動法人です。


2006年に障害児を持つ親たちの悩みを共有する場として日中一時支援を開始し、高等部を卒業した利用者の働く場所として2011年に就労支援施設、2015年にはより重度の障害がある人を受け入れる生活介護施設を開所。保護者や地域の声を取り入れながら3つの事業を展開しています。


障害がある人の就労を支援する場として立ち上げたスマイル農園は、特別支援学校を卒業した1名の利用者からスタートし、現在は17名が在籍しています。


「施設の外で地域に溶け込んで作業ができる仕事としてまずは農業を始め、スマイル農園と名付けた」と話すのは事務局長の桝井さんです。農業のほかにも手作りピザの製造・販売や企業からの委託業務を取り入れ、利用者が作業を選べる体制を採用しています。


「利用者に合わせたオーダーメイドな支援ができるのがスマイルネットワークの強み。屋内作業の合間に外作業をしたり、ピザを作って配達に行ったり、気分転換をしながら毎日通ってもらうことを大切にしています。みんなやりがいを持って楽しく作業ができているようで、出勤率は毎日9割以上ですよ」(桝井さん)


2023年から農園の施設長になった虎尾さんは、就労支援の目的について次のように話します。


「就労支援の本来の目的は、利用者が作業を通して自信を深めながら自己実現を果たしていくこと。いろいろな仕事にチャレンジして達成感を積み重ねる環境を設定することが重要です。とはいえ、楽しくないと働くのが嫌になってしまうので利用者の日々の状態に合わせた支援をスタッフと一緒に試行錯誤しています」


施設付近の畑の前で。2人とも農業の経験はなかったそうです。


発達障害児が増加する一方、障害者が働く場所は不足しています。雇用に近づける訓練の場としての機能、一人ひとりの個性を活かしたオーダーメイドな施設づくりが求められる狭間で、「スマイル農園」らしい支援のあり方を模索しています。



畑をやめた「管理しきれない土地」を借りて野菜を栽培


スマイル農園が借りているスペース。雑草や倒木があった場所を整備し、畝を立てました。ここにはサツマイモを植える予定。


坂井平野が広がる大関地区では、多くの家が「自分の家の畑」を持っています。しかし、住人の高齢化が進み、広い畑を管理しきれずに栽培の規模を縮小している家は少なくありません。


そんな状況を顧みてスマイルネットワークでは、畑をやめた「管理しきれない土地」を借りて、自分たちで製造するピザの具材としてたまねぎやトマトを栽培する活動を始めました。


活動のきっかけは、施設で働く地域サポーターの声です。「親が高齢で畑ができなくなり、自分たちも畑を続けられず土地の管理に困っている」という話を聞き、桝井さんはお世話になっているサポーターの助けになればと「自分たちに畑の管理を任せてほしい」と手を挙げます。


「長年菜園をしていた持ち主に習いながら野菜が育てられ、施設としてもありがたかった」と振り返り、利用者が住民とコミュニケーションを取りながら作業を進めている様子を見て、畑が地域との交流の場になると手ごたえを感じます。 


「利用者がどんどん外に出ていって、地域の人と交流するきっかけを作ることも施設の使命だと思っている。障害がある人もない人もみんなが生活しやすい環境を作っていきたい」と話すのは、自身も大関地区の保育園、小学校に通っていた虎尾さん。障害への理解を得て、住民を巻き込みながら誰もが生活しやすい環境を作ることが自身の役割だと話します。 


虎尾さんはスマイルネットワークの代表として、昨年から大関地区のまちづくり協議会にも参加。「災害があったときや困ったときに、互いに手を差し伸べ合える関係性を作っていきたい。地域の中核として機能できる施設を目指している」と語ります。 



障害があっても長く安心して活躍できる場所づくり


新しく開墾した畑で作業をするスマイル農園の職員と利用者。広々としていて開放感があります。


昨今、発達障害があると思われる人の増加や、障害者の働く場所不足や高齢化の課題で、福祉施設を取り巻く環境に変化が起こっています。これからの福祉施設に求められる役割について、桝井さんは次のように話します。


「支援者にとって大切なことは、どんなに重い障害を持っていても国民の三大義務である勤労の義務を果たそう、指一本でも動くならばその能力を生産活動につなげようと、工夫と努力を続けることです。スマイルネットワークでは、誰もが働きやすい環境や、生産性をあげるための設備や仕組みを整え、最終的には納税の義務を果たす人を社会に送り出していきたいです」


その取り組みの一環としてスマイル農園では、2023年にこれまで手つかずだった協力企業の所有土地を畑として開墾。広い敷地の一部をトラクターで整地し、手始めにじゃがいもやたまねぎの栽培を開始しました。


「畑に生活介護チーム専用のスペースを作りました。脳性まひや四肢障害がある重度の利用者でも、施設の外で活動する場所になればと思っています。みんなで外へ出たり、ブルーシート敷いて土を触ったりする活動が利用者や職員のリフレッシュになっていると感じます。できたじゃがいもは施設内で販売して利用者の工賃にする予定です」(虎尾さん)


手前が生活介護専用のじゃがいも畑。芽かきを済ませ収穫を待ちます。


屋内での活動が多く、ともすれば閉鎖的になりがちな生活介護の現場ですが、気軽に外に出て自由に過ごせる場所ができたことで利用者と職員の様子も変わってきたといいます。


農作業に対して受け身だった職員が、次の作業の指示を仰ぐなど積極的な姿勢が見られるようになったそうです。コロナ禍で希薄になっていた職員間や施設間のコミュニケーションが戻ってきたと振り返り、職員同士をつなぐ場としての畑のあり方も見えてきました。


「放課後デイサービスに通う利用者はほとんどが近隣に住む子どもたち。その子たちが高等部などを卒業したらスマイル農園で働きたいと思ってもらえる施設にしたいし、ゆくゆくは農園を卒業して、自分が住む地域で働けるようになることが法人の願いです。施設と地域で足並みをそろえてみんなが長く安心して活躍できる場所を作っていきます」(虎尾さん)


―――――――――


障害があってもなくても、困ったときに助けてくれる人が近くにいると思える環境は心強いものです。住民と利用者と職員が畑に集まり、一人ではできない農作業にみんなで取り組むことは、作物以上の大きな収穫につながるでしょう。


就労を通じて得られる経験や報酬は重要ですが、日々の生活が整っているからこそスムーズに仕事が続けられます。なにかとソトに目が向きがちな慌ただしい毎日の中で、桝井さんと虎尾さんのお話は、住んでいる場所で地域の一員として暮らすことが生活の基盤を支える大切な要素だと思い出させてくれました。




■ 特定非営利活動法人 スマイルネットワークさかい


公式HP

http://smilenetwork.or.jp/


住所

〒919-0547

福井県坂井市坂井町大味30-21



■ 障がい者就労支援事業所 スマイル農園


住所

〒919-0547

福井県坂井市坂井町大味 115-14


勤務時間

月-金曜日 8:30-16:00

第1・3土曜日 8:30-12:00