福井県池田町にオープン5周年を迎えた蔵カフェ「長尾と珈琲」があります。


長尾と珈琲は、田園風景の中にポツンと佇んでいた蔵をリノベーションして、2018年3月24日にオープンしました。店内に入ると、ゆったりと流れる音楽が流れノスタルジックな空気を感じられます。


池田町は人口が2,000人余りの田園風景が広がる小さな町。


オーナーの長尾さんは約30年前に大阪から池田町に移住し、長らく農業一筋に打ち込んでこられました。しかし、現在は農業の傍ら、週末のみカフェ営業をされています。カフェは週末のみの営業でありながら、客席はいつも満席に近い状況。


多くのお客さんはカフェの雰囲気だけでなく、オーナーである長尾さんの人柄に魅力を感じ訪れているようです。長尾さんの魅力は、これまでに歩んでこられた経験から醸し出される雰囲気なのかもしれません。


具体的にどのような経験をされてきたのでしょうか。まずは池田町に移住されたきっかけから伺いました。 



阪神淡路大震災に背中を押されて家族で移住


コーヒーをドリップしながら語る長尾さん


長尾さんの出身は大阪府豊中市です。大阪から池田町に移住されたのは、平成7年3月のことでした。


平成7年といえば、未曾有の災害が発生した年。平成7年1月17日の早朝、淡路島北部を震源地とするマグニチュード7.3の地震が発生しました。阪神淡路大震災です。震源地から近い豊中市では11名の方が亡くなられ、15,000軒以上の住宅が全半壊となりました。


当時、長尾さんが住んでいたアパートも倒壊し、震災後は住めなくなったそうです。長尾さん一家は一旦違うマンションへの引っ越しを経て、その後に家族で池田町に移住されました。


「震災では、何もかもがなくなってしまいました。物を所有していても意味がない。本当の幸せは、物が無くても家族が笑い合っていられることだと気が付きました。だから、震災に後押しされて移住したような形ですね。皮肉にも、大阪での最後の想い出が震災になってしまいました」と、苦笑いしながら語ります。


しかし、震災は決定打であり、実は震災前から池田町への移住は決まっていました。



長男のアトピーをきっかけに自給自足の生活に憧れを抱く

長尾さん一家が池田町に移住されたのは震災後の3月でしたが、実際は震災前には長尾さん単身で現住所を池田町に移していたそうです。つまり、長尾さん以外の家族は大阪府民、長尾さんだけが福井県民という状態でした。


最初に移住を考えたきっかけは、ご長男のアトピーだったといいます。アトピー改善のため、食生活を見直し、辿り着いた先が自給自足の暮らしでした。


ちょうどその頃、池田町では移住政策が実施されているのもあり、奥さんの後押しで移住を決心したとのこと。また、池田町は福井県内でも原発から遠い地域。ナチュラリストでもある長尾さんは、日本海側よりは安全との認識でした。


「天災は乗り越えられるが、人災は乗り越えられない」


胸の内を熱く語ります。これまでの経験により、覚悟を持っていれば何もなくても生きていけることがわかったそうです。



農業一筋で20年以上

長尾さんは家族での移住後、夢を持って有機農業に取り組まれています。現在は15ヘクタール(東京ドーム3.2個分)の大規模農家となり、池田町でも名が知れ渡っています。


「農業はストレスがない」と長尾さんはとても楽しそうに語ります。自然が相手なので大変なこともあるでしょう。しかし、大自然を見ながら、好きな音楽をかけてトラクターに乗っていればとても快適だそうです。今ではYouTubeをかけながら仕事をすることもあるとか。


しかし、農業規模が大きくなるに従い、多くの葛藤もあります。長尾さんの理想は、無添加で自然な暮らし。ところが、経営上必要最低限の農薬は使わざるを得なくなりました。それでも、自分たち、そして目に見えるお客さんには、少しでも安全で安心な食品を提供できるように気を付けているといいます。


長尾さんは池田町に移住してから約20年間、農業一筋でした。池田町での生活を続けることで、ご長男のアトピーも改善したそうです。現在34歳となられた息子さんは実家を離れ、大阪の自然豊かな地域で生活をされています。


子育てもひと段落した頃、長尾さんに転機が訪れました。



カフェ出店のきっかけから現在に至るまで 


開店5周年記念にプレゼントされた「都会風ブレンド」


ある転機が訪れ、長尾さんはカフェを始めることになります。そして、カフェ「長尾と珈琲」は今年で5周年を迎えました。しかし、実は最初から現在の店舗で営業していたわけではありません。


長尾さんにカフェを始めたきっかけと現在の場所に移転した経緯について伺いました。



週末開催のマルシェをきっかけにカフェを開店


店内にはマルシェに出店していたときの看板が


長尾さんがカフェに挑戦したきっかけは、「まちの駅 こってコテいけだ」にマルシェとして出店しないかと誘われたことだと語ります。


2012年、池田町に「まちの駅 こってコテいけだ」が設立されました。すると、今まで以上に多くの観光客が池田町を訪れ、まちの駅にも立ち寄るようになります。せっかく人が集まっても、飲食店が無い状態では寂しいということで始まったのが「週末のいけだマルシェ」でした。マルシェのオープンに際し、まちの駅では出店者を募集します。


「週末のいけだマルシェ」は土日祝日のみ開催され、池田町民と交流できる場です。運営協議会に入会することで、池田町にゆかりのある方なら誰でも1回500円で出店できるのが特徴。池田町で採れた食材を生かしたメニューがずらりと並びます。


長尾さんは、「若いときの経験を生かしてやってみよか」という想いで「長尾農園・珈琲部」として出店したのが始まりだそうです。現在も店内の壁に飾ってある看板を見ながら、懐かしそうに語ります。


その後、池田町内に森と木のテーマパーク「ツリーピクニック アドベンチャー いけだ」、幼児向け施設「おもちゃハウス」などが設立され、町自体が集客できるようになり、自然とマルシェへの集客にもつながっていきます。


しかし、残念ながら長尾さんはマルシェへの出店を長く続けることができませんでした。


マルシェへの訪問客が増えることで、出店希望者も増加します。しかしながら、マルシェの出店枠は限られており、希望者全員が出店できるわけではありません。そこで白羽の矢が立ったのが長尾さんでした。


「おっちゃん、農業やってるんやったら、そこの場所使わしてよ」と、お願いされたそうです。長尾さんは潔くマルシェを次の世代へと明け渡すことにしました。



蔵の空間をそのままに「長尾と珈琲」として再出発


店舗内の様子(手前が土間・奥が和室)


マルシェでの出店予定がなくなった長尾さんでしたが、本格的なカフェを出店しようと切り替えて準備を始めることにしました。


出店に際し、キッチンカーも視野に入れたとのこと。しかし、キッチンカーは車や車庫などを準備しなければならず、意外と費用がかかるので悩んでいたそうです。


そんなときにたまたま見つかった物件が、現在も店舗として利用している蔵でした。


起業にあたり何か良い方法がないかと役所に相談したところ、起業補助金の話が持ち上がります。長尾さんは補助金を利用して蔵を購入。改築などでの揉め事を避けるため賃貸ではなく、約2千万円の借金をして購入を決断したそうです。


蔵の半分は住居として使用されていたので、上の写真のように奥は畳の敷かれた和室でした。畳の入れ替えなどは必要でしたが、土間部分も含めて今もほとんど購入時のままもリノベーションせずに使用しているそうです。


しかしながら、古民家なので、柱が歪んでいたり、寸法が特殊であったりと、多少の改築でも意外と費用がかかったとのことでした。


そうした経緯で、2018年3月24日に「長尾と珈琲」はオープン。今年2023年の3月で5周年を迎えました。


ところで、マルシェでカフェを開店するエピソードを聞いた際に長尾さんは「若いときの経験を生かして」と仰っていました。実は池田町に移住される前は、大阪のカフェで店長を務めておられたそうです。


そこで、カフェで働くこととなったきっかけについても伺いました。



カフェで働き始めたきっかけ


コーヒー豆を挽く長尾さん


カフェとの出会いについて伺ったところ、「その話は長くなるよ」と、懐かしそうに話し始めました。その通り、話は長尾さんの高校時代まで遡ります。


長尾さんは高校時代、お好み焼き店でアルバイトをしていました。時折、お好み焼き店のオーナーの弟さんが営むカフェを手伝うこともあったそうです。


「お好み焼き屋さん、たこ焼き屋さんのどっちかになりたかった」と語る長尾さんですが、このときに手伝っていたカフェでの経験が「長尾と珈琲」につながります。 



高校卒業後は百貨店に就職するも希望は叶わず

「商売人になりたかったんですよ」という長尾さん。百貨店で接客をしている自身の姿をイメージし、高校を卒業後、百貨店に就職をしました。しかし、実際に配属された先で待っていたのは事務作業。百貨店で勤務していた3年間、フロアに出て接客をすることはありませんでした。


接客への夢を諦めきれなかった長尾さんは百貨店を退職。次に選んだ勤務先がカフェでした。



高校時代のつながりからカフェに就職

長尾さんが百貨店の次に就職した先は、高校時代に手伝ったことのあるカフェでした。前述した、お好み焼き店のオーナーの弟さんが経営されていたカフェです。


そのカフェは実家と駅の間にありました。街までわざわざ出なくても良いこと、カフェが繁盛していたことなどが転職先を決めた主な要因だそうです。カフェに深い思い入れがあったわけではなく、軽い気持ちでカフェで働くことになりました。



今に生かされるカフェでの経験

勤務していた店舗は、カフェというよりも「おしゃべり好きが集まる店」だったといいます。長尾さんは「9年間、丁稚奉公した」と語りますが、その9年間で商売の基本を学びます。


その当時、カフェのオーナーは駅続きの3店舗を所有していて、長尾さんは一日に3軒の店舗を掛け持ちして働くこともありました。系列店ながら、一駅違うだけで、客層は全然違ったといいます。


・社長やキャリアウーマン、セレブが集まる店

・商店街で働くおばあちゃんが集まる店

・エレガントな女性が来る店


そんな中で、年齢や職種が異なる多種多様な人との接点を持てたことが良い経験となったそうです。長尾さんは、「まさに人種のるつぼだった」と表現されていたのが印象的でした。


大阪のカフェで勤務した9年間の経験によって、どこで商売をしたとしても上手くやっていく自信ができたといいます。「だから、カフェのオーナーとそのお兄さんには未だに感謝している」と語ってくれました。 


 当時の経験があったからこそ、「長尾と珈琲」は現在のような人気店になっているのでしょう。具体的な人気の秘訣について伺いました。



人気の秘訣はオリジナルメニューと心地よい雰囲気


チーズケーキも美味しい


店舗はいつ訪問しても席が埋まっているイメージです。しかし、長尾と珈琲の客層を伺ったところ、お客さんは地元の方が約1割だそう。つまり、あとの9割は地元ではなく、池田町外からのお客さんです。


しかも、隣接地だけではなく、多くの方が遠くから足を運んでいるとのことでした。「遠いところから来はりますよ。車で1時間かけて毎週来る人もいるし」と長尾さんはいいます。


店舗経営で最も難しいのは集客方法でしょう。しかし驚くことに、特別な集客を行なっていないとのこと。集客をしなくとも客足が途切れない人気の秘訣は、長尾さんがこだわったメニューと蔵の織りなす独特の空間にあるようです。



10種類以上のコーヒー豆を自家焙煎


取材時には12種類のコーヒー豆がありました


「長尾と珈琲」のメニューは、10種類のコーヒー豆、2種類のブレンドコーヒー、10種類のスペシャルティー、アップルパイやチーズケーキなどのケーキ類、コーヒーゼリー、紅茶ゼリー、厚切りトーストや数種類のサンドイッチです。


大阪時代からコーヒーの味にこだわっていたのもあり、コーヒーが人気なのは当然ですが、アップルパイやチーズケーキも人気です。店舗で使用しているコーヒー豆は店頭販売もされていて、取材時にはコーヒー豆を購入して帰るお客さんが多いのも印象的でした。


しかし、メニュー以上に集客効果を発揮しているのは、SNSだといいます。



SNSの時代だからこそ経営が成り立っている


珈琲と共にレトロな雰囲気を味わう


長尾さんは、「SNSの時代じゃなかったら、多分ここまでの店にはなっていません」と断言されます。


「長尾と珈琲」は複数SNSを運営しており、インスタグラムは約2,400人と最もフォロワー数が多く、注目度の高さがうかがえます。検索をすると、多くのコーヒーやケーキの写真が美味しそうに並びます。


フォロワー数が比較的少ないTwitterにおいても、店舗を訪れたお客さんからの投稿が見つかりました。下記は投稿に添えられていた感想の一例です。(原文ママ)


・おしゃれで通いたくなるカフェ

・古い蔵を改装した落ち着いたオサレ空間!コーヒー美味しい!!

・ずーっといきたかった、長尾と珈琲さん。コーヒーもケーキも最高


SNSがあることで訪れたお客さんが情報を拡散してくれて、さらに新しいお客さんを増やしてくれているそうです。また、SNSだけではなく、Googleの口コミによる評価も影響力は大きいと言います。


なぜSNSやGoogleの口コミ評価が高いのか、長尾さんの考えを尋ねたところ、「きっと日本人のルーツの中でこういうものを心地いいと感じる何かがあるんでしょうね」と実にぼんやりとした回答でした。


確かに全ての年代の人にとって心地の良い空間であることは間違いありません。蔵の白い壁と昔ながらの照明により、ノスタルジックな空間が自然と演出されています。


しかし、筆者はなによりも長尾さんとの楽しい会話に秘訣があるのではないかと考えています。


取材に訪れた際、長尾さんはカウンターに座っているお客さんとの会話にとどまらず、テーブル席のお客さんにも声をかけていました。すると、長尾さんを介して、居合わせたお客さん同士の会話も弾みます。


初めて会ったお客さん同士なのに、懐かしい友人に会ったような不思議な感覚になるのかもしれません。


最後に、どんどん人気となっていく蔵カフェの今後について伺いました。



80歳まで観光ガイドとして


長尾さん夫妻


カフェの営業についてホームページ上には「老後の楽しみ」と書かれています。しかし、長尾さんは、しゃれのつもりで書いたそうです。本当のところはどうなのでしょうか。


「現在は農業とカフェの二足のわらじであり、ほとんど休みなく働いています。体力が衰えたとしても、このスタイルを変えずに続けていきたいです」


特に農業については、いつまでも現役で続ける気持ちがあるそうです。年齢を重ねてもできる仕事はたくさんあり、引退は考えられないとのこと。周りでは農業を引退した途端に体調を悪くして亡くなる人が多いと語ります。


「草刈りやら何やらこまごまとした仕事を続けていきたい。田んぼの水を見てまわるだけでもいいと思う」と、生涯現役とも取れるような強い意志を感じました。


カフェ営業についても、「80歳くらいまで、カウンターで居眠りしながらでも続けられたらいいかなって。農業しながら。息子の手伝いをしてね」と、楽しそうに語ってくれました。


「長尾と珈琲」の役割は、観光案内所を兼ねているといいます。池田町のことだけでなく、福井県の観光案内ができる場所であり続けたいそうです。長尾さんは「田舎を見捨てないで。田舎にも生きてる人がいるので」と冗談を交えて話されます。


現在も、県内から訪れるお客さんには池田町の観光名所を、県外から訪れるお客さんには福井県内の観光名所を紹介しているとのこと。


「『次に来るときは勝山の恐竜博物館を見たり、関西方面の方なら帰りに年縞博物館に寄って行ったらいいよ』なんて言える人がいないといけないと思う」


池田町だけでなく、広い視野で福井県全体や県外からの観光客の方たちのことを考えているところも、長尾さんの魅力の一つかもしれません。


「長尾と珈琲」のノスタルジックな空間は、ただ心地よいだけでなく、多くのことを学ぶきっかけをくれる素敵な空間でした。




■ 長尾と珈琲


公式HP

http://nonkina-okome.com


〒910-2527

福井県今立郡池田町板垣51−13−3


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@nagaotocoffee


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