自然豊かな山の麓、規則正しく植林された杉の緑を背景に、絵画から切り取ったような特徴的な建物がありました。棚田の上に羽ばたく鳥をイメージした左右対称の白い建物は、農村のありのままを体験できる宿泊施設「ファームハウス・コムニタ」です。


今回お話を伺ったのは、ファームハウス・コムニタの創設メンバーであり、理事を勤める澤﨑美加子さん。宿泊施設を設立する経緯や提供する食事へのこだわり、今後の地域活動などについて詳しく伺いました。



農業体験ツアーを経てファームハウス・コムニタへ


棚田の下にある看板


ファームハウス・コムニタは、福井県池田町の農家が共同出資して経営している宿泊施設です。農業を営んでいる人たちが集まり、「農家民宿」のような形態でスタートしました。しかし、最初から宿泊施設を設立する予定はなかったとのこと。


話は昭和50年代後半まで遡ります。ファームハウス・コムニタの創設メンバーである澤﨑さんから、設立に至った経緯を詳しく伺いました。


共同体「コムニタ」の前身団体は若手農家の集まりだった

昭和50年代後半、時代はバブル景気になる直前です。池田町の農協青年部で、まちづくりの志を胸に秘めた7名ほどの若い男性たちが立ち上がりました。農業に携わりながらも、どこか他人事のように捉えていた彼らは「自らの手で農作業をしよう」と盛り上がったそうです。


それまでは、「農業=親の仕事」と割り切っていた彼らも、自分たちで畑を耕し収穫することで農業の楽しさを知ることになります。そして、農作業の後の食事、宴会、バーベキューを大いに楽しんだとのこと。何より「農作業の後の食事やお酒は爽快で美味しかった」と、澤﨑さんも聞いているそうです。


その内、福井県内で都市部の女性を招待し、一緒に農作業やバーベキューを楽しむことが多くなります。しかし、活動を続けるうちにグループ内からは、「いつまでもこのような活動をしていても意味がないからやめよう」という意見が出るようになりました。


当時は珍しかった体験型ツアーを企画

活動に関して否定的な雰囲気が漂う中、「やめるのはいつでもやめられるから、ビラでも配って大々的にやってみないか?」という前向きな意見が出ました。


そして始まったのが「百姓チャレンジツアー」です。メンバーたちは大阪へ出向き、意気揚々とチラシを配ります。この活動が功を奏しました。まだ「体験型ツアー」というもの自体が珍しかった時代であり、大阪のマスコミに大きく取り上げられたそうです。


当時のツアーは、池田町内の温泉宿や旅館を利用する企画でした。宿泊は温泉宿「冠荘」を、夕食交流会はジビエ料理が食べられる「千松荘」を借りて、お母さんの作る郷土料理でもてなすプランであったそうです。


マスコミで報道された影響も大きく、「百姓チャレンジツアー」は大阪駅から観光バスが出るほどの大人気となりました。多少の失敗もあったようですが、企画自体は大成功。その後も、当時としては画期的だった体験型ツアーの人気は衰えません。


ツアーに参加した方々からは「自然が美しい」「食事が美味しかった」などの喜びの声を多く聞けました。農協青年部の若者たちは、「百姓チャレンジツアー」を通じて自分たちの町を見直す良いきっかけになったといいます。今までは自分たちが当たり前だと思っていたことが、実は池田町の宝だったことに気づけたのです。


しかし、ツアーを続けていく中で問題点も出てきました。それは、ツアーの拠点が無かったことです。


拠点としてファームハウス・コムニタを設立


ファームハウス・コムニタの正面


百姓チャレンジツアーを続けていく中で、ずっと間借りでは本当に自分たちのやりたいことができないという考えに至りました。検討に検討を重ねた末、拠点施設の設立をすることになります。それがファームハウス・コムニタです。


聞きなれない「コムニタ」という言葉、実は共同体や地域社会を意味するイタリア語。その名の通り、ファームハウス・コムニタは1996年(平成8年)、24名の共同出資者によって協働体として設立されました。事情により脱退された方もいらっしゃいますが、現在も約20名が出資されているそうです。


澤﨑さん自身も出資し、ファームハウス・コムニタ設立当初からスタッフとして携わることになります。しかし、どのような経緯で澤﨑さんがファームハウス・コムニタの設立に携わることになったのでしょうか。



澤﨑さんがコムニタに携わるようになった経緯


とにかく都会で働きたかったと言う澤﨑さん


澤﨑さんは元々、農業とは無縁の生活を送っていたそうです。しかし、1996年の設立当初から30年間近くもファームハウス・コムニタのスタッフとして携わっています。


そのきっかけについて伺いました。


都会へ出たかった学生時代

澤﨑さんは高校卒業後、歯科衛生士を目指して大阪の学校に進学されました。「あの頃はとにかく都会へ出たいと思っていました。都会へ憧れを抱いていましたから」と振り返ります。専門学校卒業後は福井市の歯科医院に就職をしましたが、池田町に町立の歯科診療所が新たに出来たのを機に池田町に戻り、公務員の道を選びます。


きっかけは地元に就職して間もない1989年(平成元年)に訪れます。農協青年部に所属している職場の先輩から、「百姓チャレンジツアーのスタッフになって一緒に企画を手伝って欲しい」と熱心に誘われたそうです。


当時はトレンディドラマへの憧れもあり、池田町で「百姓チャレンジツアー」のお手伝いをすることが本当にいやだったと語ります。しかし、若い女性スタッフが少ないのでどうしてもとお願いされ、参加することになったそうです。


「幸せの青い鳥」は池田町内を飛び回っていた


ファームハウス・コムニタの看板


気が進まない状態で「百姓チャレンジツアー」のスタッフとして参加していた澤﨑さんですが、続けるうちにある変化が訪れました。「私は、現実を直視せず理想ばかりを追い求め、幸せの青い鳥を探し求めていたんだと気づきました」と語ります。これこそが自分の求めていたことだと気がついたそうです。


澤﨑さんにとっての青い鳥は池田町の中を飛び回っていました。ツアー客と接するうち、地元で地に足のついた活動をすることで地域の良さに気付いたり、仲間と共に池田を盛り上げる活動が楽しく思えたりしてきたといいます。


「自分ではいやいや始めたことだったのですが、心の奥底では池田町や人とのふれあいが好きだったのかもしれません」

澤﨑さんはその想いがあったからこそ、スタッフとして参加し続けました。


その頃、コムニタ設立の話が出始めます。ヨーロッパの方ではグリーンツーリズムが流行り始めた時期でした。グリーンツーリズムは都市住民に自然や地元の人とふれあう機会を提供すると共に、農村を活性化させる取り組みです。


グリーンツーリズムの考え方は、当たり前の農家の日常を体験してもらうというもの。百姓チャレンジツアーこそが、グリーンツーリズムそのものでした。既に稲作のできる田んぼの母体があったので、宿泊と稲作を同時に運営していくことになったそうです。


その拠点とすべく、ファームハウス・コムニタの建設が始まりました。ファームハウス・コムニタの完成が1996年。澤﨑さんは既にまちづくりに魅せられたことで、「ここで働きたい」との想いが強かったと言います。歯科衛生士を退職し、コムニタに腰を据え、地元目線でのまちづくりに専念する決断をしたそうです。


ところで、ファームハウス・コムニタは建物自体にも特徴があります。その特徴は、池田町への想いが形になったものでした。



想いが込められた建物


2階の図書スペースから見下ろした1階の様子(障子が見える)


ファームハウス・コムニタは1階部分が鉄筋、2階が木造建築という珍しい構造になっています。他にも、鉄筋部分に障子が使用されているなど、他では見ない組み合わせとなっている点も特徴的です。


また、建具も北陸地方独特の様式で、古き良き文化と新しい時代の融合を感じさせます。これは、田舎の良い点と田舎の変えていかなければならない点を表現しているとのこと。


建物自体も鳥が羽を広げて今にも飛び立つ様子を模した特徴的な形状になっています。当時は建築方法が特徴的であると注目を集めて、多くの方が視察に来られたそうです。


1階は大勢が食事をしたり、イベントを開催したりできるコミュニケーションホール。2階は図書スペースと客室になっています。実は、客室にも特徴がありました。 


客室の名前が根菜の名称に


2階客室の案内表示


各部屋の名前には下記に示す根菜の名称が使われていました。


・シングル:ごぼう・人参

・最大4名までの洋室:じゃがいも・さといも・さつまいも

・最大5名までの和室:らっかせい


ゴボウと人参は根菜の中でも1本の根となるので、シングルの部屋。一方、芋類や落花生はたくさんの収穫ができるということで、2名以上が利用可能な部屋を示しています。部屋にまで野菜の名前がつけられ、意味も込められている点も興味深い発想です。


客室から窓を覗くと、自然豊かな風景が目に飛び込んできます。

客室から見える風景


キッチン付きの客室もあり、収穫した野菜などを自分で調理して食べることもできます。都会の喧騒を離れ、静かなひと時を過ごしたいときにも最適。ファームハウス・コムニタでは、農業体験も含めた様々なニーズの宿泊が可能です。


農業体験については、百姓チャレンジツアーを引き継ぐ形で運営が開始されました。しかし、現在は少しずつ取り組み方も変化してきているようです。



ファームハウス・コムニタの取り組みと想い

ファームハウス・コムニタ設立のきっかけとなった百姓チャレンジツアーでは、農作業の体験がメインの企画となっていました。しかし、現在は日帰りの体験型ツアーは行なっていません。


そこには、ファームハウス・コムニタの想いが込められていました。


現在レジャー体験ツアーを開催していない理由


宿泊施設の外には農機具が並んでいた


以前はバスで来て、一定の時間内にレジャー体験活動をする日帰りのツアーを行なっていました。しかし、ファームハウス・コムニタ側の趣旨は農村の暮らしを味わってもらいたいというもの。


したがって、レジャー体験は本来の趣旨とは異なります。そのため、レジャー体験ツアーではなく、宿泊者限定でゆったりした農村の暮らしを体験する企画に変更されました。もちろん、希望者は農業体験もできます。収穫物でピザ作りをするなどのイベントも実施しているそうです。


これこそがファームハウス・コムニタの目指すグリーンツーリズムなのかもしれません。グリーンツーリズムの醍醐味は、その土地ならではの味覚や景色を楽しむことです。


ファームハウス・コムニタでは食事にもこだわりが感じられました。


地元の食材を使った郷土料理を提供


提供される食事(出典:ファームハウス・コムニタHP)


ファームハウス・コムニタでは、食事は百姓チャレンジツアーと同様にお母さんの作る郷土料理と家庭料理を主に、里山の幸も加えて提供しています。


特筆すべきは、ほとんどの食材が地元池田町や福井県内で採れた米や野菜、調味料という点です。もちろん、肉料理なども提供していますが、できる限り地元の食材を提供することを心がけているとのことでした。


また、料理の中には畑で収穫された野菜だけではなく、春には山菜も多く取り入れられています。取材に伺った日も、採れたての山菜(こごみ)を手際よく下処理するスタッフの姿がありました。


池田町の郷土料理として有名なのが、ちんころ芋です。ちんころ芋は、小さなじゃがいもを集めて皮付きのまま長時間煮込んだ料理。通常は食べないような小さなじゃがいもを冬の保存食として食べるそうです。


このようにファームハウス・コムニタでは、春は山菜、夏は夏野菜など季節ごとにバランスのとれた料理を提供しています。


以前、漢方薬の薬剤師が訪問された際、ファームハウス・コムニタの提供する料理を見て感心されたそうです。季節に応じた昔ながらの食材を使用することで、自然に五味調和となっていました。五味調和とは、食材によって各臓器の働きを助け、体の状態を季節に調和させていくという中国古来の考え方です。池田町に伝わる先人の知恵は薬剤師をもうならせるほどの健康食でした。


ファームハウス・コムニタでは宿泊客に提供する料理に加え、加工食品の製造販売にも積極的に取り組んでいます。


餅や米粉パンなどを製造販売 

ファームハウス・コムニタの主となる事業は、農業と農村の質素な暮らしを体験できる宿泊施設です。


それに加えて、現在では加工食品も製造しています。「せっかく池田の良い素材があるのに、それを使わない手はない」との想いから始まったのが、餅(杵つき餅)や郷土料理のばんこ餅などの製造販売です。


そして、平成17年(2005年)に神奈川県から池田町に移住してきたパン職人がスタッフに加わったのを機に、米粉パンを本格的に作るようになりました。


したがって、現在のファームハウス・コムニタにおける経営の柱は下記の4つです。


・稲作

・宿泊

・餅などの加工品の製造販売

・米粉パンの製造販売


さらに事業の幅は広がります。今年から、かき餅を製造販売する予定。現在、商品自体は出来上がっているのですが、パッケージを検討している段階とのことでした。


池田町には多くの宝となる素材があり、今後新たな事業が生まれるかもしれません。そこで、最後に今後の地域活動について澤﨑さんの考えを伺いました。 



知恵と文化を継承して中山間地域を守っていきたい


池田町は山に囲まれた自然豊かな中山間地域です。中山間地域には自然環境や独特の文化など、多くの宝があります。その宝を守るためには、地域住民が協力し合って自然や文化を守っていかなければなりません。


また、中山間地域には食料の安定供給や自然災害の予防などの多面的な役割があります。水田を維持することによって、ダム機能を果たしていることなど、目に見えるものではない役割がたくさんあると澤﨑さんは言います。


問題は、中山間地域に住んでいる人が、少ない人数で広い範囲の自然環境を管理しなければならない点です。池田町の人たちは移住者と共に、景観や行事を維持する努力をしています。池田町には、この町を守ろうという意識の高い人が多くいます。


「自然は当たり前に守れるものではありません」


澤﨑さんは優しく諭すように話します。 年配の方々が草刈りをしたり、木の枝打ちをしたりすることで、池田町の景観は保たれています。以前、池田町は災害に強い地域だと言われたことがあったそうです。杉の植栽ひとつにしても、色々な事態を考えて実施されているといいます。これは先人の知恵によるもの。この知恵や文化を次の世代に繋いでいかなければなりません。


「無くなってから気づくことも多くあると思うので、楽しみながら維持していこうと思っています」


決して崇高な目的で始まったわけではない活動が、時を経て崇高な目的へと変わりつつあります。若い頃には地元の良さにはなかなか気づけないことも多いでしょう。しかし、様々な経験を積むことで気づけることも多くあります。


あなたが見た何気ない田舎の風景も、考え方ひとつで見え方が大きく変わるかもしれません。今も中山間地域の方々が守り続けているという意識で、もう一度見てみてはいかがでしょうか。



■ ファームハウス・コムニタ


公式HP

comunita.jp


住所

〒910-2524

福井県今立郡池田町土合皿尾2-22-1


Facebook

@comunita.nakama


Instagram

@comunita_ikeda