福井県武生インター方面からワインディングロードを抜けると、のどかな田園風景の広がる池田町があります。柔らかな光に包まれる足羽川沿いに佇むのは「ライダー&ゲストハウス べこ亭」です。


べこ亭を営む田渕さんは、福井県坂井市の出身。52歳のときに職場を早期退職され、一念発起してゲストハウスを設立されました。


今回は宿泊施設を設立する経緯や田渕さんのこだわりなどについて詳しく伺いました。



組織に縛られることに嫌気が差して市役所を早期退職


玄関先には趣のある看板が設置されています


坂井市の市職員だった田渕さんは、組織に縛られる仕事に嫌気が差してしまい2015年に早期退職されました。しかし、退職前にはゲストハウスを立ち上げる予定はなかったと言います。


「定年になって何かやろうとするよりは、もう少し動ける時に行動したほうが良いかと思って退職しました」


そして市役所を退職後、これから何をしようかと考えて辿り着いた先が、ゲストハウスだったそうです。


「北海道をツーリングした時に泊まったような、知らない人同士がワイワイと楽しく話せる宿ができたらいいなと思ったんですよね」



北海道ツーリングで出会った数々の「とほ宿」


ガレージには田渕さんの愛車「赤べこ」が待機中


田渕さんがバイクに乗り始めたのは22、23歳の頃。今の愛車は28歳のときに入手したスズキのGSX750E、通称「赤べこ」です。田渕さんは30年以上もの長きに渡り、赤べこに乗り続けています。「べこ亭」の名前の由来は、愛車「赤べこ」から取ったとのことでした。


田渕さんは長いときには約2週間、赤べこに乗って北海道をツーリングしていました。べこ亭をオープンしてからはなかなか長期のツーリングも難しくなったそうですが、昨年は還暦の記念として5年振りに北海道ツーリングに行ってきたそうです。


北海道ツーリングの楽しさは、雄大な景色を楽しむだけではありません。それ以上に旅の途中で出会う人の温もりがあるといいます。


そのときに宿泊していた宿が、ドミトリー形式の「とほ宿」でした。田渕さんは数々の「とほ宿」での宿泊を通じて、その楽しさに取りつかれます。



ドミトリー形式の宿の楽しさを伝えたい

田渕さんが北海道で利用していた宿は「とほ宿」以外でも、主にドミトリー形式の、一泊二食付き5,000円程度で宿泊できるところばかりでした。多くはバックパッカー・チャリダー・ライダーをターゲットにした宿だそうです。


ドミトリー形式の宿の大きな特徴は、見知らぬ人が同じ部屋に宿泊し、同じ部屋で食事を摂ること。つまり、そこには自然と旅人同士の会話が生まれます。田渕さんはドミトリー形式の宿に魅力を感じ、その楽しさを多くの人に知ってもらいたいと考えるようになりました。


実は、北海道には数多くのドミトリー形式のゲストハウスがありますが、福井県にはほとんどありません。そこで、福井県内にドミトリー式のゲストハウスを立ち上げようと考えたそうです。


最初の課題は、ゲストハウスを設立する場所の選定と営業許可の申請でした。



奥さんと出会った池田町で古民家を改修


ライダー&ゲストハウス べこ亭の外観(向かって左側の1階部分が客室となっている)


田渕さんの出身は福井県坂井市です。しかし、「べこ亭」の場所は坂井市ではありません。ゲストハウスをどこに作るべきかと考えた結果、最終的な候補にあがったエリアが池田町だったそうです。


当時、池田町では空き家を借りて改修工事をすれば、改修費用の一部が町から補助されるという制度がありました。その制度の利用を検討しながら、池田町内で物件探しを始めます。物件探しには退職してから約1年間を費やし、ようやく現在の物件を見つけることができたそうです。


加えて、物件の改修と消防署や保健所などへの申請に約半年の期間を掛け、2017年4月に「ライダー&ゲストハウス べこ亭」として運営を開始します。


申請の際、旅館業に関して全くの素人であった田渕さんは、独学で調べて「民宿」として登録しました。


そこには、田渕さんのゲストハウスに関するこだわりが見えてきます。



ゲストハウス運営における3つのこだわり


べこ亭の居間はゲストが食事と会話を楽しむ癒やし空間


ゲストハウスを運営する際のこだわりとして、次の3点について詳しく語ってくださいました。


・営業日数

・食事へのこだわり

・ゲストとの会話を楽しむ


営業日数の制限がない「民宿」での営業を選択

旅館業として営業を開始するには、公的機関に申請して許可を得る必要があります。古民家を改修してゲストハウスを運営されているので「民泊」としての営業イメージが強いかもしれません。


しかし、べこ亭は「民泊」ではなく「民宿」として営業許可を得ているそうです。民宿として営業許可を得ている大きな理由は、営業日数の問題。民泊の場合は営業日数が年間180日以内と決められています。しかし、田渕さんは営業日数の制限がない「民宿」として申請をしました。


改修作業は、電気周りやキッチン、トイレなどの自分ではできない箇所以外は全てDIYで行ったとのこと。田渕さんは「インターネットとホームセンターさえあれば、何だって自分でできちゃいますよ」と言います。改修時に壁の漆喰を塗るなどの作業も、田渕さんが友人に手伝ってもらいながら施工したそうです。


取材に伺った際にも、「少し前に居間の窓を二重サッシにしたところです」と、手作りの窓枠を指差しながら語ってくださいました。


地元食材を使った食事へのこだわり


地元の食材を使用した食事


田渕さんの一番のこだわりは、提供する食事だと語ります。地元の食材は安心して食べられるとの想いで、池田町で採れた米・卵・味噌・醤油・野菜などを使用しています。安価な食材ではなく、田渕さんの納得できる食材に特にこだわっているとのことでした。食事の提供時には、食材へのこだわりについてお客様に説明もしているそうです。


「ライダーは美味しい米さえあれば良い」と言い切るだけあり、特に米には絶対の自信を持たれています。お客様の中には、お米の美味しさが忘れられず、近くの農家でお米を購入して帰る人もいらっしゃるそうです。


時間のあるときは田渕さん自身も地元の農家でアルバイトをされ、農作物の生産に携わっていらっしゃいます。 


居間での食事はゲストとの会話を楽しむ時間


「べこ亭」のロゴはワイワイ話す「フキダシ」がモチーフ


田渕さんの話を伺っていると、食材以外にもこだわりが感じられました。それは、ゲストとの食事です。べこ亭では食事を摂る場所は居間のみ、時間も決められていました。ですから、素泊まりのお客さんも他のゲストと一緒に食事を摂ることになります。たとえコンビニ弁当を持参したとしても、居間以外での食事はお断りしているそうです。


その理由を伺ってみると、「会話を楽しみたいから」とのこと。田渕さんが何よりも大切にしているのが、ゲストとの会話でした。食事の時間はゲストとの会話を楽しむ貴重な時間であり、知らない土地の人と話すことが自分のやり甲斐につながっていると言います。


さらに、「特に若い人の話を聞くのが楽しみなんですよ」と笑顔で話してくれました。 若い人の中には、なかなか自分から話せない人も多いとのこと。特に年配の人に囲まれると、年配の人ばかりが話すケースも多くなります。そんなときには、年配の人の話を遮ってでも若い人に話を振るようにしているとのことでした。


ところで、べこ亭の多くの場所に描かれているロゴは、バイクのイラストがモチーフになっています。一見、ただのバイクのイラストのように見えるのですが、よく見るとタイヤ部分の形に特徴がありました。


その理由を伺ってみると、「バイクのタイヤ部分がフキダシになっているんですよ」との回答。べこ亭のロゴは、みんなでワイワイ話せる、楽しい宿にしたいという田渕さんの思いが込められたものでした。


楽しい宿には楽しいゲストが集まるようです。田渕さんは、印象深いゲストも多いと語ってくれました。



ライダーは変わり者が多い|印象深いゲスト5選


客室にはお客さんから頂いたという「赤べこ」


「基本的にライダーやチャリダーは変わった人が多いですね。多いというより、変わった人ばかりかもしれません」


その中でも特に印象深かったゲストについて伺いました。田渕さんの口から出てきたのは、次のようなゲストの話でした。


1. 宿泊予定日の朝6時半に到着したライダー

2. 佐賀まで1100kmの道程を1日で帰ったライダー(革ジャンに家紋の模様が入っているのも印象的だった)

3. 二人で5合の米をペロッと食べてしまったチャリダー

4. 沖縄から北海道の実家までの帰省途中に立ち寄ったライダー

5. バスで旅する女性(田舎なのでほとんどバスは通っていない)


その中でも強烈なインパクトを残したゲストが「1.宿泊予定日の朝6時半に到着したライダー」だそうです。一体何時に出発したのかという疑問も残ります。しかも、べこ亭のチェックインは午後4時以降にしかできません。したがって、朝6時半に到着したお客さんも、夕方まで外で時間を潰すことになります。「朝6時半に来てどうするんだって話ですよね」と笑顔で語ってくださいました。


田渕さんは、「とにかく色んなゲストに来ていただけるのは楽しいです」と言います。今後も色々なゲストに知らない土地の話を聞きたいとのことで、新たな事業にも挑戦していく予定だそうです。



べこ亭の庭でライダーズカフェを営みたい


広くて優しい光の差し込む客室


ゲストの話を聞くことにやり甲斐を感じる田渕さんは、「ライダーは朝早く走ることが多いので、朝カフェを開催したいですね」と語ってくださいました。


実は、これまでもカフェ営業を何度か簡易的に開催したことがあると言います。今後は定期的にライダーズカフェを開催していきたいそうです。


折しも、池田町と岐阜県大垣市をつなぐトンネルがもうすぐ開通するとのこと。トンネルが開通すれば岐阜県側からの交通の便も良くなるので、それに合わせて朝カフェを開催できるようにしたいそうです。


カフェのメニューは珈琲とカレーなどのちょっとした料理のみ。「夏頃に開催できれば良いと考えてますが、適当ですよ」と言います。


田渕さんの座右の銘は「適当」だそう。基本的に楽しければ何でも良いということでした。田渕さん自身だけでなく、そこに集うゲストも楽しめるように快適な「適当」が施されています。



みんな、旅をしてほしい。若い人は特に……


バイカーの為のガレージ


「適当」とは言いながらも夢を実現させてきた人の言葉には重みがありました。旅によって自分の人生が大きく変化した田渕さんは、最後に「みんな、旅をしてほしいですね。若い人には特にそう思います。旅は楽しいですよ」と語ってくださいました。


べこ亭を利用されるゲストは、バイクに乗っている人が多い印象です。それはバイカー用のガレージを完備していることからも伺えます。しかし、べこ亭を訪れるゲストの中には、徒歩やバスを利用しての旅行客も意外と多いそうです。


旅を通して出会う人によって経験値は大きく引き上げられます。それはさながら、映画「スタンドバイミー」のようです。


もしかすると、旅は人生の栄養補給なのかもしれません。小さな世界にこもることなく、旅をして多くの人と触れ合ってみてはいかがでしょうか。



■ ライダー&ゲストハウス べこ亭


住所

〒910-2521

福井県今立郡池田町常安13-8


電話番号

0778-44-7175


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ライダー&ゲストハウス べこ亭