軽快なラテン風のリズムが流れたと同時にスタジオの空気が変わります。メンバーたちが一斉に踊り始めました。それはまるで、雨上がりの光に照らされ、大きな葉の上で嬉しそうに踊り始めた水滴のよう。


大きな鏡の前で指示出ししているのは、ZUMBA®インストラクターの井川康子さんです。井川さんは、福井県敦賀市を中心にZUMBA®、エアロビクス、ステップのインストラクターとして活躍されています。


ZUMBA®とは、ラテンを始めとした世界中のダンス音楽を取り入れて創造されたフィットネスエクササイズです。南米コロンビアで開発され、2007年3月に日本に初めて入ってきました。メレンゲ・レゲトン・サルサなど様々な音楽のリズムとテイストを生かし、パーティーのように楽しめるプログラムになっています。


「エアロビクスやステップなどのエクササイズに不随した部分もあり、個人のフィットネスレベルに合わせて楽しめるのも大きな特長です。目的によっては心肺機能を向上させ、筋バランスを整え、多くのカロリーを消費するのにも効果を発揮します」


今回は井川さんがインストラクターとなった経緯や、ZUMBA®を通じて感じたこと、地域活性化への思いなどについて伺いました。



インストラクターとメンバーはWin-Winの関係


井川さんがインストラクターとして活動を始めたのは今から約8年前。ZUMBA®と出会ってから3、4年が経過した時、インストラクターの方から誘われたのがきっかけだったと言います。まだZUMBA®が日本に入ってきてすぐ、認知度も低かった頃のことでした。当時は、ZUMBA®は楽しいため続けていきたい気持ちはあれど、自分がインストラクターになるなんて考えられなかったそうです。


転機が訪れたのは、とあるダンスフィットネスのイベントに参加した時のことでした。イベント中に周囲の人とじゃれ合ったり、盛り上がったりしていたところ、「私、全然ちゃんと踊れないんだけど、あなたと一緒に踊れてすごく楽しかったわ」 と何人かの参加者に言われたことがきっかけだったと語ります。


それまではインストラクターという肩書を重く感じていましたが、「楽しめばいいんだ」という考えに変わったそうです。

「自分も楽しい、相手も楽しい」

そういうWin-Winの関係を作ることがインストラクターの役割だと。


その後、誘ってくださったインストラクターに相談するも「あなたの中ではもう心は決まってるんじゃない?」と言われたことで心が動き、旦那さんと相談のうえでインストラクターへの道を歩むことになりました。


井川さんはすぐにインストラクターの勉強を開始します。ZUMBA®はグループフィットネスのカテゴリーに含まれるプログラムにより、まずはグループフィットネスの知識を身につけ、資格を取得しました。その後、さらにZUMBA®の資格を取得してから、インストラクターのオーディションを受けたとのこと。オーディションは無事に合格となり、ようやくインストラクターとしての活動を開始することになりました。


当時の年齢は40歳前後。インストラクターとしては遅咲きと言っても過言ではない年齢です。しかし、井川さんは年齢を感じさせないバイタリティーで、日々活動されています。



活動場所は福井県内のほぼ全域

インストラクターとして最初に受け持ったのは、エアロビクスの教室だったと語ります。当時はアルバイトをしながらインストラクターを開始したこともあり、時間的な制約がありました。また、敦賀市内にはフィットネスジムが1つしかなかったこともあり、実際に受け持ったのは週に1本のみ。あとは、他の先生がお休みの時に代行レッスンをしていただけでした。その後、他のインストラクターからの紹介などでオーディションを受け、活動の場を増やしていったそうです。


井川さんが現在受け持っているのは、福井県内6カ所でのレッスン。利用施設は高浜町(京都府の隣)から坂井市(石川県に近い)まで、直線距離にして130km以上の広い範囲です。隔週で開催されるレッスンもある一方、1日に3コマのレッスンを受け持つこともあると言います。休みは火曜日と隔週の土曜日だけ。他は全てレッスンが入っているという多忙ぶりです。


移動だけでも大変なことは想像に容易く、続けることすら難しいに違いありません。しかし、それでも井川さんが続けてこれているのは、大きなやりがいを感じているからだと言います。 



ビジュアルキューイングが決まった時の快感が忘れられない


キューイング(合図)を出す井川さん

井川さんにZUMBA®インストラクターのやりがいについて聞いてみました。


「最も大きいのは、『先生、楽しかったよ』という声ですね。それから、キューイングがバッチリ決まった瞬間は何よりも気持ちがいいです」


キューイングとはメンバーに対する指示出しのこと。ZUMBA®のインストラクターは、レッスン中には声を出さないことが基本となっています。したがって、メンバーに次の動作を伝えるには、一つ前の動作でビジュアルキューイング(ジェスチャーでの指示)をしなければなりません。


実際に筆者がレッスンを拝見した際には、様々に表情を変えながらビジュアルキューイングをしている井川さんがとても印象的でした。ビジュアルキューイングはインストラクターとしての見せ場であり、センスとテクニックが必要です。井川さんは、初めて使用する曲でキューイングがバッチリ決まった時の快感は忘れられないと言います。 


 一方、キューイングに失敗した時には落ち込み、どんよりした気分で帰宅するそうです。ただ、失敗することで、逆にメンバーは喜んでくれると言います。インストラクターも完璧ではないという安心感が得られるのかもしれません。失敗を失敗で終わらせないところもまたZUMBA®の魅力かもしれません。 


 実は、過去にはキューイングの失敗よりも大きな失敗があったと語ってくれました。



過去にはヘルニアでレッスンに穴を空けたことも


インストラクターがやってはならないこと、それは怪我ではないでしょうか。


幸いにも井川さんが受け持つメンバーが怪我をしたことは無いそうです。コロナ禍でのレッスンはマスク着用を余儀なくされました。マスクを着用しての運動は熱中症や呼吸不全の可能性も高まります。したがって、メンバー一人一人の体調管理を徹底しなければなりません。現在もメンバーの様子を伺いながら適度に休憩を入れています。


しかし、井川さん自身がヘルニアでレッスンに長期の穴を空けたことがありました。 ヘルニア罹患初期には痛みを誤魔化してレッスンを続け、時には1時間おきに痛み止めを服用していたこともあると、当時を思い出して語ってくれました。手術をして完全に復活できたのは手術をしてから3ヶ月後。


「もっと早くに治療をしていれば、他のインストラクターに大きな迷惑を掛けることもなかったかもしれない」と、井川さんは今でも激しく後悔しているそうです。 責任感の強さも伝わる井川さん。


レッスンでのこだわりや工夫している点について伺いました。井川さんがレッスンに際してこだわっている点としては、主に「音質」「マンネリ化を防ぐ」「初心者への配慮」の3点です。


音へのこだわり

ZUMBA®の楽しみの一つに、楽曲を楽しむというものがあります。「ZUMBA®は音が命」と熱く語る井川さん。音質へのこだわりが強く、とうとう自前のスピーカーを購入されました。屋外でも使用できるような大きなスピーカーを軽自動車に積み、福井県内を走り回ります。


飽きさせないステップの組み合わせ

レッスンでは、ZUMBA®のステップにも工夫を見出しています。ZUMBA®を構成するうえで重要となる点がいくつかの基本ステップです。しかし、教科書通りのステップばかりではマンネリ化を招くことになるので、ステップの組み合わせなどの工夫が必要です。


たとえば同じステップでも使う箇所を工夫したり、要所要所で違うジャンルのステップを組み込んだり。ジグソーパズルのように様々なステップを組み合わせることで、より深みのあるZUMBA®となるそうです。組み合わせは無限なので、メンバーを飽きさせることはないと言います。


初心者への配慮を欠かさない

レッスンにおいては、迷子のメンバーを作らないよう、特に初心者が参加したレッスンでは十分な配慮が欠かせません。特に初心者が迷子になりやすいのが、ビジュアルキューイングと複雑な動きを取り入れているタイミングです。井川さんのように経験を積んでも、メンバーを迷子にしないために日々勉強を欠かさないと言います。


井川さんのレッスンでは、初心者向けのクラスはありません。したがって、初めて参加をする人はZUMBA®がどのようなフィットネスかという説明を受け、直ぐに経験者と一緒にレッスンを受けることになります。ただし、新しい人が参加をしているレッスンでは、初心者向けの動きとしているそうです。


井川さんは「みんな優しいんです。本当に周りの人に助けられています」と語ります。新しい人が参加をした時には、他のメンバーも自然と新しい人に合わせた振り付けをするという。特に意識をせずにそのような雰囲気を作り出せたのも、井川さんのコミュニケーション力ではないでしょうか。


さぞかしコミュニケーション能力に長けた人なのかと思ったのですが、実はそうではありませんでした。井川さんはコミュニケーションを取るのが苦手なタイプ。しかし、ZUMBA®があれば上手くコミュニケーションが取れるそうです。果たして、どのように人と接しているのでしょうか。



ZUMBA®は言葉の要らない世界


ZUMBA®ではジェスチャーでコミュニケーションを取る

言葉でのコミュニケーションが苦手な人でも、ZUMBA®ではコミュニケーションが可能になるといいます。前述したビジュアルキューイングだけでなく、アイコンタクトやジェスチャーによってメンバー同士でも会話ができるそうです。言葉は無くとも、そこには優しく、楽しく、温かい世界がありました。


取材時のレッスンでは、井川さんがメンバーに向かっておどけて「クスッ」と笑っているようなジェスチャーを見せました。メンバーがステップを間違えたようです。人によっては「笑われた」ことで落ち込むかもしれません。しかし、井川さんのキャラクターとメンバーとの信頼関係によって、その場の雰囲気は今まで以上に明るいものとなりました。


これはほんの一例に過ぎません。実際は、レッスンの随所に井川さんとメンバーとのコミュニケーションが見て取れました。また、メンバー同士でアイコンタクトを取り合う場面もあります。インストラクターと参加者で一つの作品を作るようなイメージです。 


井川さんは言います。「ZUMBA®のお陰で、多くの人と言葉以外のコミュニケーションが取れるようになった」、そして「多くの人とのつながりができたことが大きな喜びにつながっています」と。 



カンファレンスやワークショップでの人のつながりを大切に


ZUMBA®ワークショップを受けた仲間たちと(写真提供:井川康子さんのInstagramより)

井川さんはコロナ禍以降、スタジオでのレッスンの他にオンラインでのレッスンも開催されています。ZUMBA®協会が開催するカンファレンスやワークショップでは、オンラインレッスンで知り合った遠方の方と直接会う機会となるので、同窓会のような状況になると語ってくれました。人とのつながりを今まで以上に感じ、井川さんの世界もどんどん広がりを見せていると言います。


結婚を機に京都府舞鶴市から福井県敦賀市に移住した井川さんですが、地元舞鶴市のインストラクターである小島純子さんとも、ZUMBA®を通じてつながったそうです。しかも、小島さんは井川さんのお姉さんと同級生ということがわかり、不思議な縁を感じたと語ります。小島さんとは一緒にイベントを開催することも多く、今後も一緒にZUMBA®やフィットネス業界を盛り上げることに尽力していく予定だそうです。


しかし、ZUMBA®にも大きな課題があると井川さんは言います。それは、まだまだZUMBA®の認知度が低いこと。芸能人の中でもZUMBA®の愛好家は増えてきたと言いますが、フィットネス人口自体が国内人口の3%と少ないので、思うように広まらない状況です。特に若い人の参加が少ないのが残念だと語ります。


そんな中、井川さんに今後の展望について伺いました。



ZUMBA®の楽しい世界に飛び込んでほしい


井川さんに今後の活動について伺ったところ、このような回答を頂きました。


「今後はジャンルにこだわらず、色々な場所、色々な人のレッスンを受けたい。そして、身につけた知識や技術をみんなに還元したいと思っています。とにかく、気になっている人はZUMBA®の楽しい世界に飛び込んで欲しいですね」


井川さんは、ZUMBA®の楽しみ方は人それぞれだと言います。たとえばエアロビクスを例に出すと、決められたゴールに向かって技術を磨いていかなければなりません。しかし、ZUMBA®はエアロビクスとは違い、楽しみ方が自由です。参加者それぞれにゴールがあるのはもちろんのこと、ゴールに辿り着けなくても問題はありません。ゴールを途中で移動させることも可能。つまり、楽しめればそれで良いという考えです。


ZUMBA®には下記のような様々な楽しみ方があります。


・音楽を楽しむ

・踊りを楽しむ

・友達を作る

・先生の踊りを見て楽しむ

・ファッションを楽しむ

・健康づくりや筋力アップ


他にも参加者独自の楽しみ方があるかもしれません。井川さんは、時にはメンバーに対して挑戦的に「これ、できないでしょ?」という振り付けを見せることもあると言います。常に見せる(魅せる)ことも心掛け、メンバーの楽しみを増やすこともインストラクターの役割なのかもしれません。


最近は井川さんのクラスに参加しているメンバーのレベルも上がり、ZUMBA®の資格を取得する人も増えてきたそうです。井川さんは「うかうかしてられない」と嬉しそうに語ってくれました。メンバーの方々とより深い話ができるようになり、一層楽しくなってきたそうです。


通常レッスンはもちろんのこと、イベントへの参加も大歓迎だそうです。気になる方は、迷わずZUMBA®の楽しい世界へ飛び込んでみてはいかがでしょうか。




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井川康子さん


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