秋田県秋田市に住む坂本美香子さんは“手に豆を作らない、身体を痛めない”ハープ奏法である「ミヤビ・メソード」を広める活動をしています。


オンラインレッスンを中心とし、自身でゼロから始めたYouTubeチャンネルでは、演奏だけでなくハープの選び方・習い方・弦の扱い方まで、ハープ初心者のための情報を幅広く発信しています。


趣味から始めたというハープが、坂本さんにとって欠かせない存在になるまでのお話を伺いました。



高校時代に出会ったハープ 


ひざに乗せられるサイズのクリスハープは、愛らしい音色と、コンパクトになっても変わらぬ美しいフォルムが特徴


ハープとの出会いは、坂本さんが高校2年生のとき。吹奏楽部でパーカッション(打楽器)を担当し、吹奏楽コンクールの自由曲でレンタルハープを手にしたのがきっかけでした。


「美しい音色から、ハープの魅力にハマりました。ただ、当時は血豆や水ぶくれをつくりながらの演奏で、今思い出しても痛くて辛かったです」


この頃、音大進学を夢見た時期でもありましたが、ハープは最低200万以上の価格で、親御さんにその思いを打ち明けることはなく高校時代を過ごしたそうです。


その後、秋田の大学で医学部に進学した坂本さんは、吹奏楽サークルでパーカッションを担当しながらハープを続けます。作業療法士の国家資格を取得し、地元の介護施設で勤め始めて2年目のこと。 高額で手が届かないと思っていたハープが、約30万円で購入できることを知りました。


「“アイリッシュハープ”といって、オーケストラでよく見る大型のグランドハープよりも小型で軽量なんです。『これなら自分でなんとか買える!』と、仕事を頑張って購入しました」


ようやく手に入れた自分だけのハープに喜びましたが、弾いてみてもなかなかいい音が出せず悩んでいたときに出会ったのが、ハープ奏者・松岡みやび氏の奏法である「ミヤビ・メソード」だったのです。 



「心で奏でる」ことで表現される音色の美しさ


元々は、教本を通してミヤビ・メソードを知った坂本さん。ハープを弾くには当たり前だったはずの“痛い”を払拭する弾き方はもちろんのこと、そこから奏でられる音色の美しさに感動を覚えたといいます。


「ハープって“はじく”ものだと思われがちなのですが、先生は“歌う”ものだよねって考えの方なんです。手首や全身を使ってメロディを歌います。また、心理学の知識も掛け合わせ、心で奏でることも大事にしていて、そういった技術以外でもミヤビ・メソードに惹かれました」


そこからインターネットでミヤビ・メソードを調べ、窓口である事務局へ体験レッスンを申し込み、東京を訪れました。 


「体験レッスンを受講して、自分が目指していた音色はこれだと直感的に思いました。この時は、ハープをせっかく買ったのにうまく弾けず楽しめず、苦しい時期でした。そんなモヤモヤの中、先生との出会いは衝撃的で、落ち込んでいる私に光が差すようでした」



自身の発信が嬉しい声となって返ってくる


レッスンを受け続け、発表会にも出るようになり毎月のように東京に通っていましたが、ハープを習い始めてから3年ほど経った頃、コロナウイルス感染症の流行により、上京ができなくなります。


ハープレッスンはオンラインに切り替えられたものの、頻繁に上京がなくなったことで時間に余裕ができ、坂本さんは新しい挑戦に踏み出します。


「このときにYouTube配信を始めました。実は私、コロナウイルス感染症が流行する少し前に結婚したんです。ところが主人との新婚旅行を考えようとした矢先に外出禁止令。コロナ渦はとにかく暇で、だからYouTubeやろうかなって。単純な理由で始めました(笑)」


YouTubeチャンネル「ねずみハープチャンネル」では、ハープでは数少ない解説系を取り入れた内容で、ハープ初心者や、悩みをもつハープ演奏者の役に立つ情報を発信。


「インターネットで撮影用の照明やスマホスタンドを購入して、自撮りの演奏動画を撮ることから始めたんです。今振り返ってみると、始めたばかりの頃は、画像は荒いし音も不鮮明でクオリティはだいぶ低いですね」


しかし、配信を続けていると、コメント欄に視聴者の声が届きます。


「ハープのメンテナンス方法が分からなかったけれど、ねずみハープチャンネルで解決できた」 「YouTubeの演奏の様子を見て、自分もハープを始めた」


何をするにも100点を取る必要はなく、60点でも80点でもいい。坂本さんはこのようなコメントを見て、自身の気持ちが届いたのだと、嬉しい気持ちになりました。 



演奏活動を行ったことで見えるもの


オンラインレッスンの様子


YouTubeでの配信を続けながら、自身のハープ演奏にも磨きをかけた坂本さんは、ミヤビ・メソードを習い始めて4年後、ミヤビ・メソードの認定講師試験に合格。ちょうどこの頃に最もポピュラーなグランドハープを購入し、これからのことに胸を弾ませていたときに、嬉しい出来事が起こります。それは第一子の妊娠でした。


そして出産から4ヶ月が経ったころ、師匠のみやび先生の事情により、代打でオンラインレッスンを引き受けることに。受講生は老若男女さまざまで、日本のみならず、アメリカにいる生徒と繋いでレッスンを行うこともあります。


ちょうどお子さんが1歳になった頃、フルタイムからパート職員として職場に復帰し、そこからは休日を中心に、ハープ講師を続けました。


「講師をしながらも、YouTube配信はずっと続けていました。でも、この時にはまだハープ奏者として演奏活動をしたことがなかったんです。ハープ奏者だけれど、オンラインの活動しかしていなかったので、このタイミングで演奏活動を考えました」


考えだすと徐々にエンジンが掛かり、坂本さんはソロコンサートの主催、リレーコンサートの参加、知り合いの企業の協力の元でハープ体験教室・ファミリーコンサートにも挑戦しました。演奏活動未経験の坂本さんでしたが、これらをなんと、半年でやり遂げたといいます。


「コンサート期間中はまさに怒涛の日々で、よく自分でも頑張ったと思います(笑)当時はがむしゃらでしたが、今思えば、演奏会に参加したことで自分に足りないものを教えてもらった気がしています」



辛くなる度に覚悟を決める


繊細で美しいパフォーマンスと音色を魅せている坂本さん。ハープから手を放しても、内面から溢れるその明るさにエネルギーをもらえます。ハープが好きだからこそ、その音楽活動はどれも楽しいものであるかというと、そうではありませんでした。


「奏者としてのハープ演奏、講師として教える生徒との関わり方。音楽のことだけでなく、一児の母としても『こんなことをやってていいのかな』と、葛藤する時期がありましたね。人に教えるとなれば、生徒の曲も練習しなければいけない。講師としてもクオリティの高い演奏をしなければいけない。普段の会社員としての仕事や、子育てをしながら時間の捻出をすることに悩むこともありました」


一度悩むと、ハープを弾きながら考えたり、時には布団にもぐりこんで考えたり……。その辛い気持ちを払拭するのは、最終的には“覚悟”だと坂本さんはいいます。


「辛くなる度に『本当に私はこれをやりたいの?続けたいの?』って問うんです。そこで辞めたくなるようなものなら、専業で頑張られているハープ奏者の方に申し訳ないですよね。だから、どこかで腹をくくらないといけない気持ちでいます。精神的に追い込まれることもあるけれど、仕事としてやる以上、好きだからとか、趣味から始めたからっていう個人的な言い訳は捨てています」



私のやっていることは「副業」じゃなくて「複業」


作業療法士として働きながらも、母であり、ハープ講師、YouTube配信と忙しく過ごす坂本さんですが、どれも自分にとっては副業ではなく「複業」だといいます。


「私にとっては、母業も会社員もハープも大事。どれを取っても、片手間にやっているわけではありません。どうやってそれぞれのバランスを取っているのかって聞かれることがあるんですけど、私、逆に言ったらこれ以外は何もやってないんですよ(笑)」


そう思えるのは“頼れるものは頼る”スタンスを持つこと。


「お母さんやフルタイムで働いている女性って、私が子どものために頑張らなきゃって追いつめてしまう方が多いと思うんです。以前は自分もそうだったけれど、思い切って任せることにしました。行政サービスやネットスーパー、保育士さん、主人に友だちにも頼るんです。特に育児では、旦那さんには任せられない!と思う人が多いですが『そう感じるのはなぜ?』と考えるんです。自分でやってしまうよりも、それを解決するほうが大事ですよね」


自分と同じクオリティでないとしても、任せたほうが良い方向に進んだり、相手にとってもメリットになったりすることも。思い切って何かを手放してみて、まわりに助けてもらうことで、肩の力を抜いて育児や仕事に取り組めるのかもしれません。



ハープが好き。楽しさを伝えたい気持ちは曲げない


これまでの活動を通じて、素晴らしいご縁や、嬉しい出来事が舞い込んできていると話す坂本さん。


「今の良い流れに委ねつつも、目の前のことに対し、一つ一つに真摯に向き合っていきたいです。ハープの良さを伝えるなら、発信しないと相手には何も伝わらないですからね!」


職業を兼ねる意味を持つ“二足のわらじを履く”ということわざ。会社員であり、ハープ講師であり、YouTubeを発信しながら演奏活動もする。坂本さんの言う「複業」は、まさに“四足のわらじを履く”といっても過言ではありません。


繊細で心地よいハープの音色。みなさんも、心で奏でる坂本さんのハープをぜひ聴いてみてください。





ハープ奏者 坂本美香子さん


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@mikako.harp


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ねずみハープチャンネル