秋田県秋田市で、カヌレやパイ、チーズケーキといった焼き菓子を販売している「HEUREUX CLOVER(うるー・くろーばー)」。
特に看板商品でもあるカヌレは、大型ショッピングモールで300個が即完売した確かな美味しさです。濃いめの焼き色と、ずっしりとした見た目。口に運ぶと、ふんわりとしたバニラビーンズの香りに、もっちりとした深みのある味わいが広がります。
店舗は持たず、イベント出店をメインにしていることから“この場所でこの期間にしか購入できない”希少性があり、イベントでは多くのお客さんが訪れます。
HEUREUX CLOVERのオーナーは、才村流成さん。柔らかい笑顔で、お客さんとの会話を楽しむ姿が印象的です。元々はお菓子作りにすら無縁だった才村さん。焼き菓子を販売するまでには、どのような経緯があったのでしょうか。
おうち時間に始めたお菓子作り
学生時代は陸上部に所属し、スポーツにのめり込んでいた才村さん。 良いパフォーマンスをするのに欠かせない“食”は、常に身近な存在であったといいます。
「高校卒業後の進路を考えた際、飲食に関わる地元に根付いた企業で働きたいという思いから、秋田ではなじみのあるパン製造企業に入社しました。ですが労働環境が合わず、体を壊してしまい、約二年で退社したんです」
期待を胸に働き始めた分、次の就職活動には意欲的になれず、自身の挑戦よりも安定した労働環境だけしか考えられませんでした。そんな時、とある人との縁があって酒類製造会社に入社。良い環境の中で仕事もスムーズに覚えられ、ようやく社会人として慣れてきた頃に、コロナウイルスが流行します。
「酒類は飲食店への卸がメインなので、酒類製造業の仕事量は感染拡大とともに減少しました。必然的に勤務日数や時間が少なくなり、家にいる時間が長くなったんです」
そこで才村さんがステイホームの時期に始めたことは、お菓子作りでした。
「僕にはお菓子作りが得意な妹がいて、妹が作ったお菓子を食べるのは日常の一部でした。仕事がない時間に何をしようかと思った時に、妹が上京する前に家に残していった、お菓子作りの道具があるのを思い出したんです。時間を持て余していたこともあり、その道具を使っておもむろにお菓子作りをしてみました」
初心者はクッキーのような簡単なお菓子から作ろうと考えがちですが、才村さんはそうではありませんでした。
「僕が最初に作ったのは、かぼちゃのチーズケーキだったかな。はなから難易度の高いものから始めたんです。当然、何かが足りなかったり間違ったりしていて失敗するんですよ。でも、そこで『もういいや』とはならなくて、とにかく作っている過程が楽しかった。レシピ本をなぞるように何度も作って、一年ほど経った時にはだいぶまともな形になりました」
その頃から、ただ作るだけでは物足りなくなり、自分が作ったものを誰かに食べてもらうことに喜びを覚えるようになったといいます。
その足がかりとして、自身が作ったお菓子をSNSやブログを通じて発信するように。家族や友人だけでなく、第三者の方から見てもらえるようになってからは「自分のお菓子をビジネスで販売したい」と、お菓子作りを趣味の域から、ビジネスに広げることを考えだしたのです。
やりたいことを実現するために必要なこと
最初はキッチンカーの出店を考えて、クラウドファンディングに挑戦しましたが、あえなく失敗に終わります。
「なんとなくやってみたクラウドファンディングでしたが、『何かをやろうとしているんだ』と見てくれる人はいるんだと実感しました。なぜなら、僕が発信した内容を見てくれた知り合いが、仲の良いパティシエがいるケーキ屋を紹介してくれたからです」
そのパティシエに、才村さんのやりたいことの想いをぶつけてみて、ここでなら実現に近づけると思えたら修行に入ったらいいと、知り合いが提案してくれたといいます。
個人で腕を上げるには限界があるため、現場で経験を積むことも考えた才村さん。しかし、本業である酒類製造の仕事の傍らで、その世界に飛び込む勇気が出ず、すぐには答えを出せなかったといいます。
「選択肢をいただいた中で悩む自分に、ゴールはなんだろうって問いかけたんです。そこで、僕は店を持つことではなくて、屋号をもって自分の売りたい商品を売ることが一つのゴールだと考えました」
それを達成するために何が必要なのかと考えたときに、才村さんは今まで接客の経験がなかったことに気づきます。
「ケーキ屋の修行は受けずに、本業を続けながら人と接する仕事を経験しようと決めたんです。そこから大手のドーナッツチェーン店で、一年間アルバイトをし続けました」
初めての接客業に苦戦しつつも、店の商品について学んだり、色々なお客さんを観察したりすることで様々な発見があったといいます。
「誰がどんな商品を買って行くのかを観察したり、マルチタスクをこなしたり……。アルバイトの経験は、販売の現場に初めて触れる機会になりました」
忙しい日々からあっという間に一年が経過し、修行先と繋いでくれた知り合いと、再び話をすることになったのです。今でもまだケーキ屋さんが修行を受け入れてくれるとのことで、正式にお願いをした才村さん。
接客を学んだ一年から、技術を学ぶ一年へと、さらなるステップを踏むことになったのです。この頃には、本格的にお菓子の作り方や知識を深めていく決心がついたといいます。
焼き菓子を食べた時に、日常の中に何気ない幸せを感じてほしい
才村さんが修行に入ったお店は、オーナーがパリで修行を積んだ確かな実績を持つ人気店でした。焼き菓子の販売をメインにしたい才村さんにとって、本場のフランスの焼き菓子を学べる機会はとても貴重だったといいます。
「焼き菓子の販売をするには、実際にやってみないと結果の良し悪しすら分からない。お店に籍を置きながらでもいいから、一年後を目標に屋号を持って自分の商品を販売してみたらというオーナーの後押しもあり、その通りにHEUREUX CLOVERを開業しました」
フランス菓子に魅了されたことで、フランスの風を自身の店にも吹き込みたいと考えた才村さん。
「店名にもある“HEUREUX”はフランス語で“幸せ”を意味しています。これは僕のお店のコンセプトでもある『焼き菓子で今日も笑顔に』にもあるように、日常の中の何気ない幸せを、焼き菓子を食べた時に感じてほしいという思いを込めています。そして幸せの象徴を考えた時に、真っ先に思いついたのは“CLOVER”。僕の好きな色が緑と白なのと、将来に考えているお店のイメージカラーがリンクするところがあって、“HEUREUX CLOVER”の名で活動しています」
品質と素材にこだわる背景には地元農家さんの存在
“店舗をもたない”をキャッチフレーズにしたのは、実際に店舗を構えていないお店は多いものの、そこをあえて謳っている店が少ないから。HEUREUX CLOVERは、店舗を持たない希少性を訴えているといいます。
「店舗がないなら、どこで買えるの?って気になりますよね。商品においても、この場所でこの期間にしか買えないとなると目をひくし、付加価値をつけるために今は“店舗をもたない”をコンセプトとして伝えています」
HEUREUX CLOVERのこだわりは、できるだけ秋田県産の材料を使うこと。
「自然豊かで作物がおいしいのが秋田。それを育てている農家さんが、もっとピックアップされてほしいんです。なのでつながりのある農家さんの作物を材料にした際には、その農家さんの紹介もしています。また、乳製品や小麦、卵といったごまかしがきかない材料は、商品によって使うものを選定してます」
他にも、季節や行事に合わせて毎月新作のお菓子を登場させることも、お店を始めてから継続しているそうです。
「SNSをチェックしているお客さんの中には、新作を楽しみにイベントに足を運んでくれる方も多いので、新作を生み出し続けることは大変ですが、お客さんのためにも続けていきたいです」
過酷の中で楽しさを見出す瞬間とは
生いちごのカヌレにはフレッシュな生イチゴが入っており、口いっぱいに甘酸っぱさが広がります。柔らかめのイチゴを選定しているため、トロリとした食感。
時には、寝る間も惜しんでお菓子作りに励むこともある才村さん。 お菓子づくりは楽しいだけでなく、むしろ苦労することが多いのは、修行していた時からすでに現場で実感したといいます。
「買ってくれたお客さんの顔が見たいし、そのお客さんとコミュニケーションを取りたい。それが過酷の中で楽しさを見出す瞬間でもあるんです。お菓子作り自体には正確さや集中力が求められるので、工程においての楽しさは正直それほどありません。ただ、自分の作りたいものがうまくできたり、お客さんと他愛もないお話をしたり、同業者さんとのつながりができたりと、ポイントごとに楽しさがあるからやり続けられるんだと思います」
トータルすると楽しさは半分であるかもしれないけれど、残りの半分は苦しさを消すくらいのやりがいを感じると、才村さんはいいます。
「まずはやってみる」の姿勢が生んだご縁のひろがり
オレンジキュラソーの香りにナッツがアクセントの「サヴァラン」。季節やイベントにより、味わいや見た目にも工夫をこらした限定品が並びます。
現在、HEUREUX CLOVERは副業として活動していますが、今後のビジョンには本業としての独立を考えている才村さん。今はシェアキッチンや工房を借りての製作がメインですが、お客さんにさらに安心してもらえるように、工房を構えていきたいそうです。
「独立後の業態は、自分の工房で作った商品をキッチンカーで販売しようと思っています。特に秋田は車社会ですし、スーパーなどの駐車場が広いといった地方ならではのメリットがあり、手広く販売ができるんです。県内だけでなく、いずれは県外にも出店できるようにと、関東方面に行く準備もすでに済んでいます」
巡り合わせや運もあり、たまたまのご縁が連鎖したとはいいますが、「まずはやってみよう」とアクションを起こしたからこそ繋がったご縁だと、才村さんは話します。
「目的や目標があるなら、迷っているより行動をするほうが良いですよね。自分の商品にこだわりが出てくるほど『もっとお客さんに食べてほしい』『もっと広く商品を広めたい』に派生していくと思うんです。商品だけでなく、自分自身を知ってほしい気持ちが縁を広げる種になっているのではないかと感じます」
趣味がビジネスへと変化。自身の活動で秋田の人をポジティブに!
元々はネガティブ思考であった才村さんですが、行動に起こしたことで「自分で考えたことは大体できる」と、ポジティブな思考に変化したといいます。
「趣味でお菓子作りを始めて早3年、ここまでくるのに『これで良かったのかな』と思うこともありました。挫けそうになった時には『自分にもできるはず』と自身を奮い立たせてきました。自分の本質的な部分は変わっていないのかもしれないけれど、積み重ねてきたもので自信がついたことで、徐々にステップアップができているんだと思います」
閉鎖的なイメージを持たれがちな秋田だからこそ、地元の人に自身の活動を知ってもらうことで「秋田でこんなことをやっている人がいるんだ」と、みんなにポジティブな気持ちになってほしい。そのように才村さんは話してくださいました。
すきま時間に何気なく始めたお菓子づくりが趣味になり、ビジネスとなり、生業になる近い将来も見えます。
これから何かを始めたい人にとって、才村さんのお話は、そっと背中を押してくれるのではないでしょうか。「まずはやってみよう」の心がけひとつで、いつもの生活がより豊かに変わっていくかもしれませんよ。
■ HEUREUX CLOVER
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