認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえの全国の子ども食堂箇所調査2023年2月確定値によると、子ども食堂は全国に7,363カ所、名古屋市内には117カ所あります。
そのうちの一つが、名古屋市中村区にある「ばっちゃんち」です。
ばっちゃんちは、2018年11月から開始。近隣の放課後デイサービスに通う子どもたちや保護者の方々に、月に一度温かい食事を提供しています。
18歳未満のお子さんは無料で利用可能です。18歳以上の方には、協力金として500円をお願いしています。
ばっちゃんちを運営しているのは、市内で民生委員や保護司としても活動している水野愛子さんです。
苦労が多かった子ども時代
水野さんは名古屋市中村区で生まれ育ちました。子どもの頃はお金で苦労することが多かったそうです。
「父は脊椎カリエス(結核菌が脊椎に感染する病気)で仕事ができなくなり、8年間ほど療養していました。母は父の治療費や子どもたちの教育費、家賃や生活費などをまかなうために働かなければなりませんでした。子どもは6人いたので、生活は大変だったと思います」
みたらし団子を作る手伝いや、夜は近所の乾物屋さんで袋詰めの仕事をするなど、水野さんのお母さんは朝から晩まで働いていました。
「母が苦労して働いていることを知っていたから、小学生の頃に靴底が壊れても買ってほしいとは言えませんでした。だから靴に輪ゴムをぐるぐる巻いて、ゴムが切れないようにして歩いたこともありました」
水野さんを含め、兄弟たちは高校生になったらアルバイトをするなどして、皆で家庭を支えました。
周りの人からは「生活保護を受けてみたら?」と言われたこともあったそうですが、水野さんのお母さんはそれを拒否しました。自分で働いて、子どもたちを育てたいと考えたからです。
民生委員や保護司、地域の保健委員も兼任
経済的に恵まれない子ども時代を過ごした水野さんは、住職の夫との結婚後、お寺の仕事に忙しい日々を送っていました。
平成13年から、水野さんは民生委員としての活動を開始。民生委員とは、地域住民が安心して生活できるよう支援するボランティアのことです。
町内で長年民生委員を務めていた方が体調をを崩したため「水野さんにお願いしたい」と頼まれたそうです。人のために働くことを社会奉仕だと考えていた水野さん。お寺での仕事も忙しい中、他にもさまざまなボランティアを引き受けました。
平成19年からは保護司も務めており、加えて現在は地域の保健委員のお手伝いもしています。
「町内には70世帯強しかいないので、誰かがやらなければ回っていかない。町内会をなくすのは簡単だけど、災害や困ったことがあったときに、みんなで話し合える場がないとやはり困ると思うんです」
近所の付き合いがどんどん希薄になっている現代。水野さんは、人と人との関わりが減っている現状を危惧しています。
子ども食堂を始めたきっかけ
これまで住職の妻として、また民生委員や保護司としても活動してきた水野さん。子ども食堂を始めたきっかけについて伺いました。
「これまで生きてきて、私という存在は何だったのだろう?と考えたときに、何も思い浮かばなかったんです」
水野さんが結婚した頃は、現代よりも女性の地位が低い時代でした。それゆえに結婚してからは、苦労したことも多かったそう。
「子ども食堂を始めたきっかけは、自分の存在を残したかったからですね。長い間、肯定的な評価を受けることがなくて、いわゆる“裏方”をやってきたから」
自分の生きた証が欲しかったと話す水野さん。そのための方法として子ども食堂の開設を選んだ理由は、子どもの貧困率を知りながら、民生委員をしていても子どもの姿が見えてこなかったから。
「民生委員を引き受けても、学校や児相などから虐待の情報を得ることはできません。自分で発見したり、住民虐待を受けている相談を受けたりしない限り、その事実を知ることはできないのです。特に最近は、近所付き合いが少なくなっているでしょう。例えば家庭内でネグレクトが起きていても、私たちは気づくことができません」
このように生きた証を残したいという思いと、子どもたちの様子を知りたい思いから、水野さんはばっちゃんちを開くことにしました。
しかし本音を言うと、子ども食堂が増えることに手放しで賛成はできないのだそうです。
「子ども食堂を増やせという議員もいるけれど、本当に増えていいの?と私は思います」
この豊かな時代に、炊き出しの場所にたくさん人が集まるというのは、本来おかしいこと。できれば子ども食堂に頼らなくてもいい世の中になってほしいと、水野さんは願っています。
放課後デイサービスの子どもたちが中心になってばっちゃんちを利用
ばっちゃんちを利用するのは、主に近所の放課後デイサービスに通う子どもやその保護者たちです。また社会福祉協議会の方が来ることもあります。
取材した日のメニューは、中華丼とポテトサラダでした。
月に一度、不定期の日曜日に開かれるばっちゃんちに、スタッフはいません。取材した際は水野さんと水野さんの娘さんが調理をしていました。
「ボランティアをしたいと声をかけてもらったこともありましたが、スタッフはいません。ばっちゃんちは私の都合に合わせて開催日を決めるから。スタッフに来てもらうと、その人を私の予定に振り回してしまうかもしれない。それが申し訳なくて」
中華丼の具は細かく切っています。水野さんと水野さんの娘さんの手作り
ばっちゃんちの献立はカレーや中華丼など、子どもたちの喜ぶメニューが多く、デザートがつきます。
食事の作り手が多くないため、基本的には予約制で、最大30食まで。冷めないうちにおいしく食べてもらうためには、このシステムで運営したいと水野さんは考えています。
「一時、コロナで開催を中断したこともありました。ところがあるとき、長い間家にいることでネグレクトが起き、児相へ行った方の話を聞いたのです。それを聞いたとき、今、子どもたちやお母さんたちがしんどい思いをしているのではないかと思ったんです」
コロナによる影響が少し落ち着きを見せた頃、水野さんは近所のデイサービスセンターの先生に「私は月一回しか子ども食堂を開けられないけれど、子どもやお母さんたちは喜びますか?」と聞きました。
「もちろんです。月に一回でもここで温かい食事をみんなと一緒に食べられることは、子どもたちだけでなく、保護者にとってもいい経験になりますよ」
そう言われた水野さんは、ばっちゃんちの再開を決意。
「月に一回の開催でも、ここは子育て中のお母さんにとってもストレス解消の場になるそうです。お弁当をわざわざ作らなくても、子どもにご飯を食べさせられるから、少しお休みをもらったような気持ちになるのかもしれない」
多いときは10人程度、少ないときは子どもと大人を含めて6〜7人がばっちゃんちのごはんを食べにきます。
基本的にチラシで宣伝することはなく、NPOの代表者の先生とメールで連絡します。すると先生から「◯人参加します」との連絡が来るので、それに合わせて準備するのだそう。しかし、子どもたちの人数が増えてもいいよう、少し多めに作っています。
おかわりを盛り付ける水野さん
「ご近所の知り合いの方が、開催日を聞きにきてくれるんです。『この日にばっちゃんちを開くよ』というと、その日に合わせてポテトサラダを作ってきてくれます」
取材した日もポテトサラダの差し入れがあり、子どもたちがおかわりをしていました。
差し入れのポテトサラダ
たまに食べるのを競争し合う子もいるそうで、お腹が痛くなるよ!と、止めることもあるのだそう。子どもたちがふざけ合えるほど、安心できる場所を提供できているのだと思うと、水野さんはありがたいと感じるのだそうです。
「あるとき、ここへ初めて来た小さな子どもが自己紹介してくれました。一見珍しい光景ではないかもしれないけれど、実はその子はコミュニケーションをとるのが苦手で、自分から話しかけるような子ではないのだそうです。デイサービスの先生がびっくりしたくらい。この場所が気に入ってくれたのかな。それがとてもうれしかったですね」
ばっちゃんちの建物は貯金をはたいて購入
ばっちゃんちの建物はもともと別の方が所有していました。あるとき空き家になっていたことがわかり、水野さんは子ども食堂を開くために自身の貯金をはたいて購入。
購入した家をキレイに改装して、子ども食堂として始められるよう整えました。調理場の設備類は、近所の方々から不要になった流し台や洗面台の提供を受けました。
寄付を受けたシンク
「この鍋も『まだ使えるから、子ども食堂で使うといいよ』と近所のお弁当屋さんが提供してくれたんです。テレビはテレビ台付きでもらえました」
このように子ども食堂を始めるにあたり、多くの人が手助けしてくれました。これまで水野さんが大切にしてきた「人とのつながり」が、新しい子ども食堂を作る支えになったのです。
誰かが喜んでくれたらうれしい
ばっちゃんちをはじめ、民生委員や保護司など、さまざまな活動をされている水野さん。
実はコロナによる精神的ストレスで、10kgほどやせてしまいました。子ども食堂を続けていく上で不安なことは、体力の低下なのだそうです。それでも「いつまでできるかわからないけれど、やれるうちはやりたい」と話します。
取材当日は放課後デイサービスに通う子どもたちと職員の方が来ていました。おしゃべりしながら食事を楽しむ子や早く食べ終えて絵本を読み始める子、ご飯を夢中になって食べる子、それぞればっちゃんちでの食事を楽しんでいました。
まるでおばあちゃんの家に来て、くつろぐ子どもたちのようです。みんながホッとできる場所なのだと感じました。
月に一度の日曜日、これからも水野さんはこの場所で子どもたちを温かく迎え入れます。
■ ばっちゃんち
住所
愛知県名古屋市中村区大秋町4丁目21番地
Tel
090-9355-2933
開催日時
月1回 不定の日曜日 12:00-14:00 (お問い合わせください)