名古屋市名東区は自然に恵まれていて、カフェや飲食店も多く子育て世帯や単身世帯、高齢者世帯など、多様な人々が生活しています。


そんな名東区の一角にある「私設図書館もん」は、本の貸し出しはもちろんのこと、本の販売やドリンクや軽食の提供、そして「ひと棚店主」というスペースをレンタルできる取り組みも行っています。


開設して1年ほど経った今、新たに「じぶんのたね」という市民立小中一貫校との取り組み取り組みも始めました。市民立小中一貫校とはその名のとおり、市民が作る公教育の場のことです。


今回は「私設図書館もん」のオーナーである土山昂也(こうや)さんと、「じぶんのたね」の発起人であるしおりさんに、どのような思いで取り組みを始めたのか、お話を伺いました。



日本中を旅して見えたこと


2022年3月に、クラウドファンディングを利用してオープンした「私設図書館もん」。


オーナーの土山昂也さんは、私設図書館もんを開設する前は、一般企業に勤めていました。そして退職後は、1年ほどかけて日本国内の旅をしてきたのだそうです。


企業に勤めている頃から社会問題に目が行き、自身で問題について色々調べるようになりました。その中で考えたことは、自分ができることはなんだろう?ということ。しかし当時、自分に何ができるかはわかりませんでした。


「自分ができることを見つけたいという思いもあって、退職後は福島から九州まで旅をしました。いろんな場所へ行き、人に出会い、文化を経験していく中で、人と人同士がつながれる場を作りたいと思うようになったのです」


人々をつなぐ場所作りにおいて「私設図書館」を選んだ理由は二つあると言います。


一つめは、本がある場所なら老若男女問わず誰でも入りやすいと思ったから。二つめは開業するのに特別な許可がいらないため、早く始められるからです。


「全国で物件を探しましたが途中で話が立ち消えになったり、縁がなかったりして、あまり思うような物件には出会えませんでした。ところが地元の名古屋に戻ってきたとき、たまたま家の近くでいい場所が見つかったのです。それが今の場所です」



こだわりは「分けない」こと


全国を旅したあと、自分ができることを見つけ、名古屋に私設図書館もんを開設した土山さん。運営においてこだわるのは「分けることのない」空間を提供することだそうです。


利用者は本を読んだり、ドリンクを飲んだり、フラッと立ち寄ったりと、様々な過ごし方が選べます。しかしお客さんの過ごし方によって、空間を分けたくないと話します。


「お店によっては飲食する場と本を読む場と分けるところもありますが、ここでは同じ空間の中で自由に過ごせるようにしました。建築家の方に僕のこだわりを話したら、今のデザインにしてくれたんです」


同じ場所にいながらも、それぞれが好きなことをして帰っていく。ここでは全く知らないお客さん同士で、話がはずむこともあるのだとか。


過ごし方や年齢、性別に関係なく、人々が集うコミュニティの場として、もん(門)が開かれています。



「ひと棚店主」の取り組みやさまざまな企画が行われている


土山さんが中学生に制作依頼した、椅子のカバー。「もん」の文字が書かれています


私設図書館もんでは「ひと棚店主」という、棚のスペースをレンタルできるユニークな取り組みも行なっています。料金は1ヶ月あたり3,300円で、ルールを守れば使い方は自由です。


なんと、モノとモノを交換していく「わらしべ長者」を実践しているオーナーもいるのだとか。最終的には何に変わるのか、気になるところです。


ユニークな取り組みである「ひと棚店主」を始めたのは、次のような理由があります。


「人と人がつながる場として、有効かなと思ったからです。実際に棚の商品を購入した人もいましたし、置かれている作品を見て、オーダーメイド作品を依頼する人もいたんですよ」


アウトプットや表現をしたい人は意外と多い、と気づいた土山さん。私設図書館もんでは、他にも人が集まれる企画が行われています。


これまでフードパントリーやハンドメイド制作、ヨガなど、ジャンルを問わずさまざまな企画が実施されてきました。


「企画内容は人とのコミュニケーションの中で決まることが多いです。たとえばヨガは、ヨガの先生とレンタルスペースについて話したところ、開催が決まりました。またハンドメイド制作は、あみぐるみを置いているひと棚店主のオーナーに『人に教えてみたらどうですか?』と僕が提案したことから始まりました。講師の方も実はやりたかったことがわかり、開催が決定したんです」


ひと棚店主も、企画も、人とのつながりの中で始まります。そうしてまた、新たな出会いを生み出すことでしょう。



市民立小中一貫校「じぶんのたね」の場として


私設図書館もんでは、6月から市民立小中一貫校である「じぶんのたね」の活動場所としての提供をはじめました。


じぶんのたねとは、公立の小中学校と同じように、学費無料で通える学校のことです。かかる費用は昼食代や保険、光熱費やイベント代などの実費のみ。名古屋市が目指す教育理念をもとに、活動しています。


毎週月曜日の10時から14時半まで開設しており、子どもたちは好きなことをして過ごします。


私設図書館もんのQRコード(子どもたちによる手書きです)。実際に読み取れますよ


朝のミーティングや昼食のメニュー決め、買い出しや昼食作りなどは全員で行うのがルール。大人は基本的に見守る側へ回り、活動は子どもの主体性に任せています。


じぶんのたねの発起人は、私設図書館もんのご近所に住む、しおりさん。市民立小中一貫校を作ろうと思ったきっかけや思いについて伺いました。



子どもに地域の中での居場所を作ってあげたいと思った

しおりさんは、現在小学3年生と1年生のお子さんを持つ保護者です。


じぶんのたねを始めようと思ったきっかけは、しおりさんのお子さんが学校へ行かなくなったことから始まりました。


「フリースクール(学校へ行くことを選択しない子どもが過ごす民間施設)やオルタナティブスクール(アメリカやヨーロッパの哲学的思想を取り入れた教育を行う学校)へ通ったこともありました。ただ、家の近くにはなかったんです。だから友達といつでも遊べる場所を作りたいと思っていました」


お昼ご飯を決めているところ


お子さんを市外のフリースクールに通わせていましたが、距離があるため、せっかく友達ができても気軽に遊べなかったのだそうです。


地域とのつながりを大切にしながら、子どもたちの居場所となる場を作りたい。


そう考えたしおりさんは「市民立小中一貫校」の存在を知ります。市民立小中一貫校は授業料がかからず、費用は実費のみ。大人は見守る存在で、あれこれ口出しをしません。


この運営方法を魅力的に感じ、愛知県瀬戸市の市民立小中一貫校の運営モデルを参考にして、じぶんのたねを開設しました。


「フリースクールやオルタナティブスクールは費用が高く、通いたくても通えない子がいます。しかしじぶんのたねの運営では、利益を出すことを目的にしていないため、費用を抑えることができるのです」



活動場所を決めるきっかけは、しおりさんと土山さんとの何気ない会話から

近所で市民立小中一貫校を始められる場所を探していたしおりさん。お客さんとして私設図書館もんに訪れた際、土山さんに何気なく「どこか居場所はないかな」と声をかけます。それを聞いた土山さんは「ここでやってみたらいいんじゃない?」と返答。


「僕はもともと、何か子どもに対してアプローチをしたいと考えていました。特に公立の小中学校に居場所を感じていない子に、なにかできないかなと。そしてしおりさんの思いや、じぶんのたねの運営方法を聞いてみたら、とても共感できたんです」


しおりさんの構想から約5ヶ月後、じぶんのたねは、私設図書館もんの場所でオープンさせることになりました。



初回は4人の子どもたちが参加

取材当日は、じぶんのたねの活動を始めてから、3回目の開催日でした。初回は4人の子どもたちの参加があったそうです。


子どもたちは全員が初対面でした。しかし自分たちで昼食メニューを決め、近所のスーパーへ行き、買い物もできたとのこと。


特別なイベントではなく、日常を大切にしたいと思っているしおりさん。子どもたちが主体となって昼食を決めたり、買い物をしたりすることで、自分で考える力を育てたいと考えています。


「自分で考えることは、パワーが必要です。現代では学校から帰宅したら習い事や塾などがあり、子どもは忙しくて自分で考える時間が少ないのかなと思います。ここに来て、ゆったりとした時間の中で、自分のやりたいことを見つけてほしいですね」


現在、じぶんのたねでは畑を探しているそうです。自然に触れることで、子どもたちにさまざまなことを感じてほしいと考えています。



プラスの選択できてほしい

じぶんのたねは、学校へ行けないから仕方なく行くのではなく、プラスの選択で来てほしいとしおりさんは話します。


今はまだ、設置数が少ない市民立の学校。いつか学区ごとに市民立の学校ができて、子どもや保護者が、自主的に公立か市民立を選択できるようになってほしいとの思いがあるそうです。


「学校へ行けないと、自分には居場所がないと感じてしまう子もいます。でも居場所ができて、自分はここの学校を選んだのだと言えるようになると、子どもの自信につながると思うんです」


朝のミーティングでうれしかったことや楽しかったことを発表します。なければパスしてもOK


じぶんのたねでは朝のミーティングを行なっています。全員が集まって発言することで、コミュニティの一員であることを自覚できる「所属意識」を大切にしているのだそうです。


フリースクールとは異なる立ち位置の、市民立小中一貫校「じぶんのたね」。日常を大切にする中で、生きる力が育まれていくのだと感じました。


取材時は、しおりさんのお子さんたちが参加。糸と針を持って袋を縫い、出来上がった作品を土山さんへプレゼントしていました。2階のレンタルスペースからは、子どもたちの楽しそうな歌声が聞こえてきて、まるでこちらまで元気をもらえるようでした。


さて、次の月曜日。子どもたちは何をして過ごすのでしょう?




■ 私設図書館もん


公式HP

https://mon-library.com/


住所

〒465-0003

愛知県名古屋市名東区延珠町211


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