「子どもの頃は理科が嫌いでした」


そう話すのは、15年間サイエンス・ラボで理科を教えている倉橋修先生。 サイエンス・ラボは、名古屋にある実験教室です。愛知県から通う生徒が多いのですが、大阪からの生徒もいるそうです。夏期講習では、九州から飛行機に乗って受講する生徒もいるのだとか。


倉橋先生は、もともと文系で、大手進学塾で現代国語を教えていたこともありました。しかし理科が好きではないにもかかわらず、なぜ理科を教える塾の先生になったのでしょうか。


倉橋先生の子ども時代の話やサイエンス・ラボを開設する前のエピソードを聞き、理科への思いや今後の夢について伺いました。



理科が好きではなかった子ども時代 


「私は体が弱かったんです。あまり人には言わないのですが、少し横道に逸れた人生を歩いてきたんですよ」


倉橋先生は愛知県岡崎市のご出身です。自然豊かな環境で育ち、子どもの頃は虫取りなどを楽しみながら幼少期を過ごしました。しかし、理科は苦手だったそうです。どちらかというと文系の教科のほうが好きだったとか。


小学校〜中学2年生までは地元の学校へ通っていましたが、中学3年生から体調を崩して2年ほど入院しました。病気による入院期間が長く、出席日数が足りなくなり、学校を留年。その後養護学校へ行き、高校1年生まで過ごしました。


(その後、倉橋先生は40歳の頃にお父様から腎臓移植を受けています。当時の移植腎臓の耐用年数は15年程度と考えられていたので、ご自身はいつもタイムリミットを意識しながら生きていたのだそうです)


養護学校では友達もできて、多くのことを学びましたが、やはり普通の高校へ行きたいと思うようになったそうです。病気は完治していなかったのですが、ご両親や先生、医者に自分の気持ちを打ち明けたところ理解してもらえ、岡崎高校2年生に編入しました。


そして、高校を卒業したら東京へ行きたいという願望もわいてきたそうです。

「でも名古屋大学に合格できるぐらいの成績をとらなければ、東京へは行かせないと親に言われ、精一杯勉強しました」


東京への憧れを糧に、一生懸命勉強した倉橋先生。高校を卒業後は、慶應義塾大学に進学しました。



大学を出たあとは会社員に


倉橋先生は大学を卒業後、会社員として働き始めましたが、1年ほどで退職。

「会社員は自分に向いていないなと感じました。子ども相手に何かを教える方が向いていると思ったんです」


退職後は、直接子どもと向き合える小学校の教師を目指しました。しかし教師は体力的・精神的にハードな仕事です。恩師から「あなたは能力としては優秀だけれど、身体が弱い。だから採用の最終段階で校長に落とされる可能性が高い」とアドバイスを受けました。


「小学校の教師ではなく、別の道に行ったほうがいい」と言われ、倉橋先生は塾の講師として働くことを決意します。



塾の教え方に疑問を持ち始め、実験教室を始める


会社員を退職後、倉橋先生は東京の大手進学塾に就職します。その後地元へ戻り、岡崎の塾に勤めて、次に名古屋の大手進学塾へ移りました。名古屋の大手進学塾では、理科の担当になりました。あまり好きではなかった教科ですが、引き受けるしかありません。最初のうちは、授業も面白くないと思っていました。


しかし授業を続けていくうちに、徐々に理科の楽しさに気づきはじめます。子どもたちと向き合って教えられる楽しさも感じられるように。一方で、理科の教え方はこれでよいのかと、疑問を持ちはじめたのだそうです。


「理科は教師と子どもが向き合い、座って教えるものじゃないと思うんです。同じことを繰り返して教えているので、効率も悪い。何より実際に体験していないものを言葉や文字だけで伝えても、子どもにとって実感がわかないのではと思っていました」


「なぜそうなるのか」を体験しないまま覚えても、理解できないのではないか。また理科嫌いにさせてしまうのではないか、と不安を覚えたそうです。


塾の講師を続けながら、実験や虫や花に触れるなど、子どもに「本物」を見せる場がほしいと感じた倉橋先生。ちょうどそのとき、勤めていた塾が中学受験対応を止めることになり、そのまま塾に残るか新しいところへ行くかを決めなければならなかったそうです。


倉橋先生はこれを人生の転機だととらえ、新しい一歩を踏み出す決意をしました。まずはサイエンス・ラボの原型となる、理科を体験しながら学べる実験教室を開きます。現在のサイエンス・ラボは名古屋にありますが、最初は長久手市のスペースを借りて、参加料1,000円/月で実験教室を開きました。


「理科の実験教室」というモデルケースがほとんどない中、0から実験教室を始めるにはさまざまな苦労がありました。


まずは、東京にある実験教室のホームページを見て、授業のやり方の参考にしたそうです。

「実は、私はアルコールランプに火をつけた経験もなかった。でも“やる”と言っちゃったから、やるしかなかったんです」


最初の1年間は、名古屋にある大手進学塾の先生を続けながらの活動でした。不安がある中でのスタートでしたが「1年間は、人前に立って実験をしよう」と心に決めたのだそうです。


「これまで一度もやったことがないことを、必死になって準備しました。今振り返ると、授業はすごく下手だったのかもしれません。しかし子どもたちも保護者の方も、よくついてきてくれたと思います」



実験教室を続けていくうちに周りが見え、自信がついてきた

普段はあまり夜に夢を見ない倉橋先生ですが、1年目は暗い海に漂い足がつかなくなる夢や、人前で立ち往生する夢をよく見たのだそうです。先が見えない不安から、そのような夢を見ていたのではと当時を振り返ります。


最初はやり方がわからず、運営も手探り状態の実験教室でしたが、2年目からは少し余裕がでてきて周りが見えるようになってきました。


「自分のやりたいことと、子どもたちのやりたいことが同じとは限りません。感覚のズレに気づけたのは2年目ですね。私がやりたくても子どもたちのウケが悪いものは、どんどん授業から外していきました」


せっかく学ぶのであれば、子どもの頭の中に残るものにしたい。そう思い、どんどん内容を子どもたちに合わせてアップデートしていきました。

「ウケないものは、私(教える側)が間違っているんですよ。理解できない子どもが悪いわけではないのです」


そう話す言葉にも、子どもたちに寄り添う姿勢が感じられます。


サイエンス・ラボはビルの5階にあります


長久手では1年ほど実験教室を続け、その後名古屋市千種区へ。この場所を選んだ理由について伺いました。


「大手進学塾で教えていたとき、子どもに伝わらない学習がたくさんありました。その中で生き物がもっとも通じないと感じていたんです。だから、少し歩いたら生き物に出会える場所を探しました」


サイエンス・ラボから歩いて10分くらいのところに、平和公園という大きな公園があります。そこにはさまざまな生き物が住んでおり、子どもたちみんなで足を運ぶこともよくあるのだそうです。


「野外観察は大きな組織だと、なかなかできないんですよね。危ないからできない、もしもなにかあったら困るからできないなどと制限が多くなるから。その点、私は一人で運営しているからできる。もちろん安全には気をつけていますよ」



実験や観察をする学習は何が違う?


一般的な学校の授業では、毎回実験や観察をするわけではなく、先生の話を聞いて覚える授業もあります。聞くだけの学習と実験を取り入れた学習とでは、子どもの理解度は違うものなのでしょうか。


「大きく違ってくると思います。偏差値が中間層の子ほど、実験したときの成績のアップ率が大きいと実感しています」


サイエンス・ラボに通う生徒の中には、学校や塾のテストを見ると、実験の映像を思い浮かべる子もいるのだとか。実体験をすることで、話を聞くだけよりも理解や納得がしやすくなるのだそうです。子どもたちは見て、触って、考えて、納得します。実験や観察は遠回りに見えるようで、実は最も効率のいい勉強方法だと倉橋先生は話します。


「本物を知らないのに、いきなり言葉だけで説明されても、理解できないし楽しくないですよね」


自分の目で見て体験することで、楽しみながらわかるようになる。わかるから楽しくなって、もっと知りたいと思うようになる。理科を好きになり、学習意欲を高めるために必要な体験が、サイエンス・ラボではできるのです。



「理科は暗記教科ではない」本物を見よう

倉橋先生は「理科は、身の回りのものを一歩深く考える教科」だと言います。だから教材に重きを置くよりも、身の回りの本質を見ることのほうが大切だと考えます。


理科に出てくる事象は「どうしてそうなるの?なんでこんな工夫をしているの?」と考えると、さまざまな発見があります。自分で見つけたことを一つひとつひも解いていく作業は、まるで良質なミステリー小説を読んでいるように感じるそうです。


また自分の目と手でたしかめて、疑問点が解決したときに「そうか!」と納得できる。その体験を繰り返すことが大事なのでは、と倉橋先生は話します。


「もやもやしていた疑問が晴れると、大人でも気持ちがいいじゃないですか。理科はそれの集大成。いつまでたっても面白いですね。私は理科が嫌いでしたが、子どもに教えていくうちにだんだん楽しさがわかるようになってきました。理科は子どもの頃よりも、今のほうが好きです」


とはいえ、理科嫌いな子にはこうすれば好きになる、と断定的なことは言えないそうです。

「でも、私は毎回楽しいと感じています。その楽しさが子どもたちに伝わるといいなと思いながらやっています」


伝わらないかもしれないけど……と倉橋先生は謙遜しながら話しますが、サイエンス・ラボ受講生の継続率は95%以上。この結果は、理科の楽しさが子どもたちに伝わっているからこそではないでしょうか。



子どもたちには自分で考えて、自分で答えを出せるようになってほしい


倉橋先生は、子どもの前に立って教えるということは、子どもの見本になることだと考えます。だからこそ、常にベストを尽くして子どもに接したいと思っているのだそう。ホームページには「勉強は、面白いのがいちばん!」と書かれています。この一言が、倉橋先生の思いを表しているのではないでしょうか。


これからはもっとたくさんの子どもたちに実験教室を利用してもらうため、オンラインで学習を完結させられる場も作っています。


「勉強に長い時間をかける生活はよくないですよ。もっと効率的な学習ができるよう、オンライン教室を作成しています。短時間で楽しく勉強ができて、なおかつ早く結果を出せる学習を提案していきたいと思っています」


子どもたちに少しでも理科に関心を持ってもらい、面白いと感じてもらえたらうれしいですね、と話す倉橋先生。


実験現場では子どもたちが真剣に、そして楽しみながら手を動かしていました。ユーモアを交えた倉橋先生のお話に笑ったり、驚いたりと、そこには理科を楽しむ子どもたちの姿がありました。




■ サイエンス・ラボ


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