未就学児童を保育する場というと、幼稚園や保育園、認定こども園を挙げる人も多いと思います。そこでは保護者の代わりに保育士や幼稚園教諭が保育するため、基本的には親と子が分離して生活をします。


一方「自主保育」は保護者が子どもを保育するため、常に親子一緒です。


● ずっと子どもと一緒だと、親が大変なのでは?

● 保育士がいないのに、きちんとした保育はできるの? 


このような疑問を持つ人も多いのではないでしょうか。そこで今回は自主保育グループにお邪魔し、実際の保育の様子を伺いました。




特定非営利活動法人協育NPO 母里ん子

今回取材でお邪魔したのは、愛知県に位置する名古屋・豊田・岡崎・刈谷に活動拠点を構える「特定非営利活動法人協育NPO 母里ん子」です。


理事長の後藤由希子さん、講師の西川とし子さん、そして母里ん子を利用している保護者のみなさんからお話を伺いました。


理事長の後藤由希子さん(右)、講師の西川とし子さん(左)



自主保育とは保護者で子どもたちを見守る取り組みのこと

自主保育とは、小学校に入学する前の未就学児を保護者が保育する取り組みのことです。保育士や幼稚園教諭による保育ではなく、参加する保護者一人ひとりが、子どもたちを保育しています。自分自身の子どもだけでなく、全ての子どもを見る保育方針です。


公民館を借りておこなう室内あそびや、公園で体を動かす外あそびがメインの活動です。自主保育グループによって方針や運営方法は異なりますが、保護者が交代で保育内容を考え、全員で子どもの育ちを見守ります。


母里ん子では「つよく ゆたかに かしこく 生きる力を養う」を目標にしています。保護者が協力しあって日々の保育を進めている自主保育グループです。ここでは参加する全ての子どもたちを、自分の子どものように育てます。他人の子どもでもほめる・しかる・抱っこすることが当たり前のように行われているのです。


「母里ん子にはいろんな子がいるから、人と自分は違う存在だとわかるようになります。それぞれ違う人間を認め合える環境が、母里ん子にはあります」


それが特に分かりやすい事例として、常に異年齢保育が行われています。異年齢保育とは、さまざまな年齢の子どもを一緒に保育すること。


「異年齢保育の中で、小さな子は大きな子へ憧れの感情を持つようになります」


 異なる年齢の子どもとコミュニケーションを取れることで「大きくなるとこんなふうになれるんだ」と、自分が成長したときの見通しを持つようになるのだそうです。そして大きな子は、小さい子への思いやりを自然に学ぶことができます。



母里ん子の活動内容を紹介 


天気のいいある月曜日の朝、とある市のふれあいセンターで身体運動遊びや手唄あそび、手あそびなどが行われました。


保育の開始時刻になると、母里ん子メンバーの親子がぞくぞくと集まってきます。参加者が集まると、身体運動が始まりました。本日の活動担当のママが声かけをしていきます。活動担当のママとは保育計画を作成し、活動でリーダーシップをとる係です。


最初は大人と一緒に体を使ったふれあいあそびを楽しみます。大人に抱っこされたりおんぶされたりして、子どもたちはうれしそう。一見親子とのふれあいのように見えますが、触れ合っている大人と子どもは他人であることもしばしば。


「母里ん子では、大人がみんなのお母さんなんです。自分の子どもだけじゃなくて、ほかのお子さんも自分の子どものように接しています」


体験や見学で参加した保護者は、誰がどの子のママなのかわからなくなるのだとか。


「母里ん子では、ここにいるママ全員が、子どもたちにとって自分のお母さんなんです。そして 保護者は、ここにいる子どもたち全員のママでもあるのです。自分以外のママが自分の子どもと一緒に遊んでくれて、時にはしかってくれる。みんなで子育てしていると思うと、一人で子育てしなきゃならないというプレッシャーがなくなります」


身体運動ははう・飛ぶ・走る・逆立ち・側転などを行い、部屋の端から端まで一人ずつ披露していきます。 



最初に披露するのは年長さん。小さな子が年長さんの動きをじっと見つめています。年長さんの様子を見て、マネをしている子も。


全員の披露が終わると、次は手唄あそびがはじまりました。「まーるくなーれーわーになーれ、いーちにーのさんっ」というと、子どもたちやママたちが円を作ります。


手唄あそびではわらべ唄や俳句の暗唱、体を使った親子のふれあいあそびなどが行われました。俳句の暗唱では、まず担当のママが一句詠みあげます。すると手を挙げた子どもが輪の真ん中に立ち、先ほどの俳句を復唱します。


子どもが間違えたりその場で言えなくなったりしても、誰も責めません。また子ども同士でからかうこともありません。


「人前で披露する経験を積み、たくさんの大人に認めてもらうことで、子どもは失敗を恐れなくなるんです。母里ん子では、失敗してもいいんだという安心感がある。ですから小学校へ行っても、授業で手を挙げることに抵抗のない子がほとんどです。もし間違えても、何も問題はない。自分は大丈夫だとわかっているから」


また、母里ん子では大人が「◯◯しなさい」と子どもに何かを押し付けている場面がありませんでした。


あそびの途中、集団から外れて部屋の隅へ行く子が何人かいましたが、大人が無理に引き戻すことはしません。子どもたちは自由に過ごしながらも、部屋の隅から集団あそびの様子をジッと見つめています。そして別の活動が始まると、隅で様子を見ていた子どもたちも自然と和の中に入っていきました。



保育企画は保護者が作る

母里ん子の運営や企画立案は、全て保護者が担います。今回はふせんを使った創作あそびが行われていました。


「先輩ママたちが残した活動ノートを参考にして、年齢別に活動内容をママたちが考えていきます」


2歳児の子はハリネズミの絵が描かれた紙に、好きなふせんを貼っていました。ハリネズミの針に沿ってふせんを貼る子、自分の好きなようにたくさんのふせんを貼る子、いろいろです。


ある一人の子が、貼り終えた後に用紙をびりびりと破いてしまいました。しかし、誰もそれを止めません。この時の子どもの様子と大人の対応について、西川講師が次のように解説してくれました。


「せっかく作ったのだからもったいない、家に飾りたいなどと大人は思うかもしれないけれど、作った作品は子どものものです。作品をどうしようが子どもの自由。大人のために作っているわけではないから」


破いた紙はビニール袋に入れて、新しいおもちゃにしていました。袋を上下に振って遊び始めた子どもは、とても満足そうでした。


年長さんは少し違ったあそび方です。まずは大人が、マスキングテープで机に×マークを貼っていきます。そこから子どもたちが自由にふせんを貼っていくあそびです。


大人が何も言わなくても、子どもたちは机いっぱいにふせんを貼って、線路を作っていました。「ここにはトンネルがあってね!」とストーリーを膨らませながら、自由な発想で作っていきます。同じふせんあそびでも、子どもの成長に合わせた環境を用意してあげることで、飽きずに楽しめます。


活動後には、子どもの様子を一人ずつ記録しておき、次回の活動に役立てます。一人ひとりの成長に合わせ、大人の価値観に当てはめない保育。それが母里ん子でおこなわれている保育です。


創作あそびを終えたら、部屋のお掃除です。子どもたちもお手伝いします。



ランチを楽しみながら子育て相談会

午後は広い公園へ移動して、ランチタイムです。それぞれお弁当を持ち寄り、みんなで木の下に集まっていただきます。


年長さんは公園へ行く前に、パンを買いにいく仕事があります。小さいお友達のためにパンを選んで、購入するのだそうです。パンの購入は、西川講師が来る月1回だけのお楽しみ。こういった社会体験ができるのも、母里ん子の魅力。


公園についたらシートを敷いて、ランチを楽しみます。早く食べ終わる子、ゆっくりと食べる子、さまざまです。早く食べ終えた子は、あそびにいきます。


子どもたちがあそびにいくと、必ず誰かのママが見守っています。一方ランチの場では、西川講師の子育て相談会が始まっていました。


ママが質問すると、西川講師が丁寧に答えます。疑問に思うことは、なんでも聞いていいのが母里ん子のルール。子育て以外の相談をするママも多いのだとか。 子育てはわからないことや不安の連続です。自分以外のママの相談が、自分の子育ての参考になることもあります。


子どもが思いっきりあそんでいる最中、ママたちは子育て相談会。母里ん子には、孤独な子育てがありません。子どもも大人も、安心できる場なのです。



ケンカも自己主張のひとつ 


母里ん子では「嫌な思いをしたら、嫌だと言っていいんだよ」と子どもたちに伝えています。


もちろん子ども同士の意見がぶつかればケンカになることもあります。しかし大人がケンカの仲裁に入ることはほとんどありません。子ども同士でケンカが起きた場合、2歳以上の年齢差がなければ、大人は口を出さずにただ見守るだけ。


「ケンカは子どもが自己主張しているのだから、大人が止めることはありません。しっかりと自己主張させたいと考えています。もちろん暴力はいけませんが、嫌なことに対してNOと言うのは、とても大切なことなのです」


母里ん子では、ケンカも子どもの成長に必要なプロセスだと考えています。時には子ども同士で手が出ることもありますが、それでも大人は見守る立場です。


「子どもたちは他人を思いやる気持ちを持っているから、みんな優しいですよ。思いやりの心は、日々の保育で培われているから、大人は見守るだけで大丈夫なんです」



母里ん子の運営は楽ではないが、子育てが楽になる。自主保育のよさを広めたい

母里ん子はNPO法人ですが、メンバーの会費で運営しています。


「今回使ったふせんや用紙、のりやハサミなど、必要なものは会費からまかなっています。母里ん子のチラシを作るのにもお金がかかるので、経営としては厳しいですね」


保育園や幼稚園、認定こども園への無償化が始まってからは、母里ん子の会員の数が減ったといいます。


「今後も運営に賛同してくれる人を増やす必要があります。現在はInstagramやFacebookなどで、母里ん子の活動内容を案内しています。また公園で出会う親子にも直接チラシを渡して、地道に普及活動をしているところです」


いい保育をしていても、なかなか知ってもらう機会がない。後藤さんと西川講師は、もっと自主保育や母里ん子のよさを知ってもらいたいと考えています。

実際に利用しているママたちは「運営は大変だけど、母里ん子へ来ると子育てのストレスがなくなるんです」と良さを実感しています。


「ワンオペ育児(一人で育児すること)は、とても大変です。心も体も疲弊してしまいます。でも母里ん子には価値観を共有しているたくさんのママがいて、自分の子どもでなくても自分の子どものように見てくれる。自分たちで運営していかなければならない大変さはありますが、子どもは楽しく過ごせますし、大人もリフレッシュできるんです」 


また、母里ん子を利用中のママだけではなく、卒業したママからも好評です。あるママは「母里ん子を卒業してから、子育てが楽になった」と言います。


「母里ん子の子どもは、必要な時期にたっぷりと母親と触れ合うことで、安心感と信頼感が培われます。それが生きる力につながっていく。彼らは大人を信頼していますし“自分らしさ”を持っています。そして人と自分は違うことを知っているから、相手に干渉することもない。一人の時間も楽しめますし、困ったことがあれば、大人に“助けてほしい”と言えるんです」



子育ての悩みを受けとめたい「母里メイトジー」


母里ん子では、子育てに悩むママのために「母里メイトジー」を立ち上げました。母里メイトジーでは、オンラインや対面で子育ての悩みを聞く取り組みをおこなっています。母里ん子を卒業したママたちが相談員となり、子育てに悩むママのお手伝いをしています。


たとえばこのような悩みがあるお母さんも、少なくないのではないでしょうか。


● 子どもと一対一であそぶ方法がわからない

● イライラして、つい子どもにあたってしまう

● 子どもがいじめの加害者になってしまったが、どうしたらいいかわからない。 


「母里ん子に参加したママは、母里ん子に来るすべての子どものママになるので、子育て経験が豊富です。子育てで悩んでいるお母さんたちの手助けになればと、この取り組みを始めました」


母里メイトジーは、母里ん子に加入したことのないママでも相談可能です。また匿名でもOKなので、氏名を出さなくても相談できます。


「子育てで悩むのは、子育てを頑張っている証拠。でも一人で抱え込むと、ママが辛くなってしまう。一人で悩まないで、気軽に相談しにきてほしいですね」



おわりに


子どもと保護者が安心して過ごせる環境が、母里ん子にはありました。子どもはたくさんの大人に見守られ、安心して過ごせる。大人は孤独な子育てから解放される。子育てを頑張るママを一人にしない、温かい自主保育グループでした。


独りぼっちの子育ては、心身ともに辛いものです。しかし母里ん子には、同じように育児に奮闘するママと悩みを分け合え、困ったときは相談できる講師や先輩ママ、仲間もいます。


最後に、西川講師は次のように話してくれました。


「母業は“やって当たり前”と軽視されがち。でも子育ては未来を作る、とても大切なお仕事なんです。本当にママたちは、みんなよく頑張っている。これからもママたちの力になれるよう、私が持っている知識を伝えていきたいですね」



■ 特定非営利活動法人 協育NPO母里ん子


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